pp. 17-36 in 遺伝子工学の日本における受けとめ方とその国際比較,ダリル・メイサー (Eubios Ethics Institute, 1992).
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日本では総理府によって科学と技術に関するインタビュー形式の世論調査がよく行われますが、本調査の焦点である遺伝子工学とバイオテクノロジーの分野は細かく分析されていません。しかし、本調査の対象となった人達が一般市民を代表するものかどうかを調べるのに役立つデータを提供してくれますし、科学全般への関心に関する有益な情報も与えてくれます。これに関連した結果は本書中で追々取り上げていきます。
最近行なわれた3件の世論調査(総理府広報室 1990c)では、科学と技術への関心度を、「非常に関心がある」、「やや関心がある」、「どちらとも言えない」、「あまり関心がない」、「全く関心がない」の5段階評価で計っています。これらの調査はそれぞれ1981年(N=2368)、1987年(N=2334)、1990年1月(N=2339)に行われました。3回とも関心度はほぼ同じくらいで、1990年には56%が「関心がある」、42%が「関心がない」、2%が無回答、もしくは「どちらとも言えない」でした。この質問はアメリカで使われたもの(OTA 1987)と類似しています。アメリカでは「関心がある」が71%、「関心がない」が29%(前者は「非常に関心がある」と「やや関心がある」の合計、後者は「あまり関心がない」と「全く関心がない」の合計)となっています。1982年の結果に比べ関心度は落ちていますが、それでもアメリカ人は日本人に比べて科学に関心があるといえるでしょう。以下のセクションで例を個別に取り上げていきます。まず本調査の結果について見てみましょう。
質問は以下の通りです:
問1. 次のうち、あなたの科学、技術に対する関心度を最もよく表しているのはどれですか。
1 まったく関心がない 2 あまり関心がない 3 関心がある
4 とても関心がある 5 非常に関心がある
問2. 科学雑誌をどのくらい読みますか。
1 一度も読んだことがない 2 ほとんど読まない 3 時々読む 4 よく読む
問3. テレビの科学番組をどのくらい見ますか。
1 一度も見たことがない 2 ほとんど見ない 3 時々見る 4 よく見る
問4. 新聞、雑誌などで科学、技術を取り扱った記事を読みますか。
1 一度も読んだことがない 2 ほとんど読ない 3 時々読む 4 よく読む
問1では科学と技術一般に対する各自の関心度に関する意識を調べました。問2〜4では科学と技術に関する情報をどのような形でマスメディア、特に科学雑誌(問2)、テレビ番組(問3)、新聞雑誌の記事(問4) から得ているのかを見ました。これらの質問はニュージーランドで行なわれたCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査で 使用されたものと同じであり、また米国で使用されたもの(OTA 1987)と類似のものです。
本調査の最初の質問4件は、人々が科学と技術一般に持っている関心の指標となるよう意図されました。また、科学と技術に対して示された関心のレベルと、個々の質問に対する回答との間に関連性があるかどうかを見るという目的もありました。
問1では科学に対する関心のレベルを5段階測定を用いて調べました。この結果は日本で1990年に行なわれた世論調査(総理府広報室1990c)よりも科学に対する関心が高まっているように見えますが、これは選択肢の表現の違いによるものです。この結果をニュージーランドで行なわれたものと比較したのが図3-1と表3-1です。一般市民からの回答の分布は日本とニュージーランドで類似しています。科学に対する関心のレベルは高く、両国の75〜78%はある程度関心があると述べていますが(回答3,4,5)、ニュージーランドの方がわずかに関心が高くなっています。両国の教師の回答はよく似ており、予想通り生物の教師の99%は科学に関心があり、各回答の割合は類似していました。日本の科学者は58%が非常に興味があるという具合に、ニュージーランドの9%に比べてかなり高い関心を示していますが、両国のサンプルとも98%が科学に何らかの関心があると答えています。筑波大学の教職員と学生は日本におけるグループの中では中くらいの関心を示しています。
マスコミに関する質問からは、科学と技術に関する知識を得るためにどのメディアを最もよく利用するかという情報も得られました。また、この質問の後に別の質問で、このアンケートに対する回答者の反応に影響を与えたと思われる情報の大部分をどこから得たか直接聞いてみました。
問2では人々が科学や技術雑誌を読むかを質問しました。「まったく読んだことがない」と答えた(回答1)一般市民はニュージランドの29%に対し僅か11%でした。しかしながら、44% が「たまにしか読まない」と答え、「時々」もしくは「よく読む」と答えた人数はニーュージーランドのそれと類似していました。この回答は日本人の高い読書レベルを表すとも考えられますが、これら2か国の一般書店におかれた科学や技術雑誌を数えてこれらに接する量の違いを調べてみると興味深いでしょう。この質問はニュージーランドの教師と科学者には出されませんでした。予想された通り、日本ではこれら両グループは一般市民に比べ頻繁に読む傾向にあり、95%が科学や技術雑誌を「時々」もしくは「よく読む」としています。科学者は予想通り科学関係の専門誌といった雑誌をさらに良く読む傾向があります。
図3-1:日本とニュージーランドにおける科学と技術への関心の比較
ニュージーランドはCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。
表3-1:科学と技術への関心
国際的な世論調査には、バイオテクノロジーと遺伝子工学に加え、一般市民の科学と技術への関心を見るもの等、様々な調査があります。国際的なアンケートでは、日本人は科学知識で高得点を獲得しています。アメリカ人の科学認識はイギリス人に比べてやや高くなっています(Durant et al. 1989)。年配の人よりも若者、女性よりも男性のほうが科学について良く知っていますが、欧米では教育が最も関係しています。これは日本も同様です。一般市民と学生のサンプルでは問1の結果は女性に比べて男性の科学への関心がかなり高いことを示しています(P>0.01)。しかし年齢層による違いは見られませんでした。高学歴の人ほど科学的な問題に関心が高くなっていますが、本調査の結果も示すように、不安と利益の両方を感じているようです。マスコミに取り上げられた科学記事と政治やスポーツへの関心を比較するアンケートもあり、イギリスでは政治やスポーツよりも科学や医学的発見についての話のほうに関心があるようです(Durant et al. 1989, Kenward et al. 1991)。1989年、4911人の一般市民を対象に行なわれた中国、北京の調査結果は科学と技術に対する肯定的なイメージを示しています。しかし質問は本調査とは異なり、回答者も中学生の親戚の人達に限って行なわれました(Zhang 1991)。科学と技術に対しては35%の人が「興奮する、または不思議な感情」を抱いており、44%が「満足または希望」、そして「恐怖や警戒の気持ち」を持っているのはたった1%、9%が「無関心または興味なし」、また11%が「何とも思わない」という回答でした。
1983年に日経がビジネスマンを対象に行った調査で、バイオテクノロジーの記事をどの程度読むかについて質問しています。「新聞記事は注意して読む」が18%、「目にすれば読む」が66%でした(Nikkei 1983)。42%の人が「記事は難しい」、23%が「やさしい」と答え、「どちらとも言えない」は35%でした。バイオテクノロジーの情報源は「新聞」が86%、「テレビ」が55%、「業界紙」が37%、「一般雑誌」が22%でした。多くの人が記事は難しいと言っています。電通が1985年に東京と大阪で行った一般市民を対象とした調査では、バイオテクノロジーへの一般市民の関心を調べました。「非常に関心がある」は9%、「やや関心がある」は35%、「どちらとも言えない」は19%、「あまり関心がない」は29%、「全く関心がない」は9%でした。総理府が調査した科学や技術全般の関心度(1990c)に比べて、やや態度が曖昧です。問5で調べるように、科学や技術の認識度も関心を計るもう一つの物差しです。
情報源については教育とマスコミの役割を扱った8.5.節でも取り上げますが、一般市民だけでなく専門分野の異なる科学者のためにも、科学記事をより読みやすくする努力が必要です。いずれにせよ本調査の結果は、人々が新聞の科学記事を読み、テレビの科学番組を見ていることを示しています。
本調査の主な目的は遺伝子工学に関する意見の調査ですが、問5ではその他の最近の進展のうち世間を騒がせているもの、そうでないものをいくつかリストアップしてあり、それぞれに対する調査結果を比較してあります。ニュージーランドのCouchman & Fink-Jensen (1990)のものと同じ質問を用い、特定の科学と技術の発展に対する一般市民の意識と態度を調査しました。まずその技術についての認識を3段階――「まったく聞いたことがない」、「聞いたことはあるがほとんど内容は知らない」、「内容を人に説明できる」――に分けて聞きました(問5a) 。次にその発展が日本に利益をもたらすかどうかを質問しました(問5b)。問5cと問5dでは各発展にどのくらい不安を感じているかを聞くことで技術の危険性に対する意識を調べました。質問は以下の通りです:
問5bと問5cでは、教師、科学者、大学教職員宛てに郵送されたアンケートには「わからない」の選択肢を入れませんでした。わからない場合は、ニュージーランドと同じく回答は記入しないか、「わからない」と記入してもらいました。使用された質問はニュージーランドで使われたものの翻訳であるため、結果を直接比較することができます。同じ質問が全てのサンプル集団になされたため、異なるグループ間の比較も行なうことができます。最初の質問(問5a)の結果は表3-2にまとめてあります。
まず一般市民の結果を見ると、ほとんどの人が聞いたことがあると答えたものは5つありました。それらはまず「バイオテクノロジー」で、97%の人が少なくとも聞いたことがありましたが、この結果はそれに続く「農薬」(96%)、「光ファイバー」(96%)、「体外受精」(95%)、「遺伝子工学」(94%)に比べ、目立って高い数字ではありませんでした。88%の人は「超伝導」、75%は「病虫害の生物防除」について聞いたことがありました。意外なのは「シリコンチップ」で、69%の人しか知りませんでした。片仮名を使ったことが理由の一つの可能性もありますが、「バイオテクノロジー」も片仮名なのに97%が聞いたことがあるとしています。「コンピューター」と言う言葉は知っていても、「シリコンチップ」はそれほど知られていませんでした。但し日本語では「半導体」が「シリコンチップ」の代わりに使われることもあります。
日本では以前にも、バイオテクノロジーの認識度についての調査が行なわれています。1991年2月の調査では(N=1363, 環境庁 1992)97%の人が「バイオテクノロジー」という言葉を知っていると答え、この数値は本調査の結果と同じでした。一般市民を対象とした電通の1985年の調査では86%の人が「バイオテクノロジー」という言葉を「聞いたことがある」、14%が「聞いたことがない」と答え、ある程度バイオテクノロジーを理解していると考えたのはわずか20%でした。テクノロジーにいくらか関心があったのは44%でしたが、64%の人はバイオテクノロジーといっても特にイメージを持っていないと答えています。別の質問では、22%が「バイオテクノロジーの研究開発は積極的に進めるべき」だと考え、29%が「どちらかと言えば進めるべき」、45%は「どちらともいえない」、4%が「進めるべきではない」と考えています。雑誌ニュートンによる読者の調査(1989)では、「バイオテクノロジー」と「遺伝子組換え」という言葉を聞いたことがあるのはどちらも98%で、本調査の一般市民の結果と同じでした。85%の人が遺伝子工学の基本的な考えはわかると答えています。ニュートンの回答者の62%はいくらかでもバイオテクノロジーに関心があるとしています。ビジネスマンを対象とした日経の郵送アンケート調査(1983)――回答率40%――では、「遺伝子組換え」についていくらかでも知識があったのは63%、名前を聞いたことがあったのは35%でした。名前を聞いたことのある人の割合はどれも同じようですが、回答に使われた段階分けも対象となったサンプルも違うため、これらの結果をバイオテクノロジーや遺伝子工学の理解度として今回の結果と直接比較することはできません。
1990年1月に日本で世論調査が行なわれ(総理府広報室 1990c)その中で一連の科学用語の認識度が調べられています。その結果、「DNA」と言う言葉を知らなかった人は61%でした(1987年には67%)。DNAを聞いたことがある人のうち、少しでも内容を理解していると考えたのは18%でした(1987年では15%)。バイオテクノロジーへの一般市民の認識はおそらく高まっていることが、この調査の結果からわかります。これらの結果と比較して、イギリスで1988年に行なわれた調査では、一般市民のわずか43%しかDNAが「生物」の研究で使われる言葉だと言うことを知りませんでした(Durant et al. 1989)。1990年の日本の世論調査から、その他の言葉で聞いたことがない人の割合を比較して精通度を見てみると;「酸性雨」(19%)、「核融合」(23%)、「免疫」(9%)、「データベース」(45%-1987年は47%)、「オゾン」(13%)、「AI」(人工受精ではなく人工知能―80%)でした。
ニュージーランドでは、これらの発展に関しての認識はかなり低いものでした(図3-2参照)。「農薬」は日本と同じく一番知られていましたが、「バイオテクノロジー」、「光ファイバー」、「体外受精」、「遺伝子工学」についての認識はかなり低いものでした。それでもニュージーランドでは57%の人が「バイオテクノロジー」という言葉を聞いたことがありました。イギリスの2000人の一般市民を対象に行なった1988年の調査では、「バイオテクノロジー」を聞いたことがあるのはたった38% (RSGB 1988)で、ニュージーランドや日本での1991年の本調査(97%!)に比べてかなり低い数字です。問5の結果から日本の一般市民は「バイオテクノロジー」という言葉を比較的よく耳にしていることがわかります。またバイオテクノロジーを説明できるとした人は、ニュージーランドの9%に対して34%でした。
最近英語の単語の頭にやたらと「バイオ」と付けることについてコメントがでました(Kennedy 1991)が、その傾向は日本語のほうが強いかも知れません。日本人は工業国の中にあって、「バイオテクノロジー」という言葉のもたらす利益を最も高く評価している国民ではないでしょうか。問5bの全回答者と「バイオテクノロジー」を聞いたことがないという一般市民2%も含めて、そのうち82%の人がそれは日本にとって研究価値のある分野だとし、この言葉を聞いたことがある人の内では85%が利益があると考えています。
遺伝子工学への認識度も高く、この言葉を聞いたことがある人は94%、一般市民の26%は説明できると答えています。アメリカで1986年に行なわれた質問の結果(OTA 1987)と比較すると、アメリカでは32%の人が「遺伝子工学」の意味を知らず、66%が意味を知っていると考えています。認識度は日本のほうが高いように見えますが、アメリカの調査は5年前のもので、質問も異なるものでした。またニュージーランド人の方が日本人よりも遺伝子工学を理解していると答えています(図3-2参照)。
日本で最も知られていないもののうち、「病虫害の生物防除」は日本では25%が聞いた ことがないとなっており、それと対照的にニュージーランドでは聞いたことがないという答えは18% (Couchman & Fink-Jensen 1990)で、二番目によく知られたものとなっています。「超伝導」はニュージーランドで最も知られていない技術で、56%の人が聞いたことがないとしている一方、日本では三番目に知られていないものとなってはいるものの、88%の人が聞いたことはあると答えています。これらの結果は科学的の発展に関し、日本では一般にニュージーランドに比べ良く知られているということを示唆するわけですが、日本で使用された抽出方法は郵送アンケートの返答であり、回答率は25%しかなかったことを考慮する必要があります。もっと信頼のおける国際比較を行なうには、両国で郵送アンケートによって調査した科学者と教師の集団について、その傾向を調べてみなければなりません。
図 3-2:日本とニュージーランドにおける科学と技術の発展の認識度の比較
ニュージーランドはCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。
どのグループにも最もよく知られているのは「バイオテクノロジー」、「農薬」、「光ファイバー」、「遺伝子工学」、そして「体外受精」でした。それに比べると、「超伝導」と「病虫害の生物防除」は少し下がり、「シリコンチップ」はやはり最も知られていない言葉でした。「遺伝子工学」を説明できる高校の生物の教師は82%、科学者は70%と両グループとも高い割合で、「バイオテクノロジー」ではそれぞれ84%と74%となっています。一般市民に比較するならば、「遺伝子工学」と「バイオテクノロジー」はそれぞれ26%と33%です。
これらのグループをニュージーランドと比較すると、興味深い違いがあります。ニュージーランドでは科学者の約97%、教師の98%が「病虫害の生物防除」を説明できるのに対し、日本ではそれぞれ、55%と73%に過ぎません。これは一般市民が日本で18%、ニュージーランドで21%と非常に似通った割合で説明できるのと対照的です。ニュージーランドではこの技術がより広範に活用されているからかも知れません。「農薬」を理解する割合もニュージーランドの科学者と教師グループの方が高く、「体外受精」についても同様でした。一般市民の場合、傾向はこの反対に日本のサンプルの方がニュージーランドよりも高い数字でした。両国の科学者は「遺伝子工学」、「シリコンチップ」、「超伝導」、「光ファイバー」で似た結果でした。日本の科学者は「バイオテクノロジー」でかなり高い理解(日本では74%が説明できるのに対し、ニュージーランドでは61%)を示しています。ニュージーランドの高校教師は「遺伝子工学」に対し日本よりも高い理解度を示していましたが「バイオテクノロジー」では逆でした。日本の高校の生物教師の方が「光ファイバー」、「シリコンチップ」、「超伝導」を良く理解していました。
様々な科学的発展について、それを聞いたことがあるという人の認識を分析した結果が表3-3に示してあります。
日本の一般市民の回答の中で、日本にとって最も価値があるとされたのは「農薬」(89%)、「光ファイバー」(86%)、「バイオテクノロジー」(85%)、「超伝導」(85%)、「病虫害の生物防除」(84%)でした。「遺伝子工学」は76%が価値がある分野としたにすぎません。「シリコンチップ」と「体外受精」はそれぞれ回答者の66%と58%が価値があると見ていますが、回答者の31%が「シリコンチップ」について知らないと答えています。この認識の低さはシリコンチップの応用よりもその言葉自体を知らないためで、これが有益な分野であるとする人の割合は、シリコンチップ産業に非常に依存しているこの国では、当然もっと高くなるはずでしょう。なかには、なぜ日本の利益だけが問題にされなければならないのか、質問は世界全体に関するものであるべきだと考える回答者もいました。
科学者も高校教師もこれら全ての分野が日本の研究にとって価値があると考え、ほとんどの分野で90%以上でした。例外は「体外受精」で、80%の人が価値があると見ているに過ぎません。「シリコンチップ」と「農薬」の研究を価値があると考える生物の教師は88%で、やはり他の技術に比べ少し低くなっています。「遺伝子工学」と「バイオテクノロジー」は、両グループのそれぞれ92〜95%と94〜97%が研究の価値がある分野だと認識しています。筑波大学の教職員は一般の科学者に比べてこれらの技術の恩恵を少なく見積っています。
この質問は人々が自分の国はどんな国だと思っているかを少なからず明らかにしています。このことはニュージーランドの意見と比較することで明白になります(問5bと問5cの結果を比較した図3-3参照)。ニュージーランドが主に農業国で、比較的工業が少ないと言う事実は、科学者と高校の生物の教師の意見の中で「病虫害の生物防除」、「バイオテクノロジー」、「遺伝子工学」、「農薬」といった生物学的技術(79〜99%)が、「光ファイバー」、「超伝導」、「シリコンチップ」といったその他の技術(27〜37%)に対して特別な位置を占めるという結果に反映されています。「体外受精」はニュージーランドの科学者と高校教師のおよそ半数が価値があるとしており、2種の技術の中間価を示していますが、一般市民では71%が価値があると思っています。ニュージーランドの一般市民の結果はこれほど大きくは開かず、他の研究分野に比べて「遺伝子工学」をニュージーランドにとって価値があるとする一般市民は少なくなっています。そのうちほとんどの研究分野からは、日本人の方がニュージーランド人よりも自国の利益が得られることになると考えているようです。
ビジネスマンを対象とした日経の調査(1983)では、バイオテクノロジーは日本に適しているかどうかを質問しました。「そう思う」が69%、「思わない」はわずか3%、「どちらでもない」のは27%でした。一般市民対象の電通の調査(1985)では、バイオテクノロジー研究は「進めるべき」が51%、「どちらとも言えない」が45%、「進めるべきではない」が4%でした。
表3-3:科学と技術の発展に対する認識
問5でそれぞれの発展を聞いたことがある、または説明できるとした回答者(N)の割合を%で表示。
図3-3:日本とニュージーランドにおける科学的発展の利益に対する認識度の比較
それぞれの発展を聞いたことがあると答えた人のうち、それが自分の国にとって価値があるとした人の割合。ニュージーランドの結果は Couchman & Fink-Jensen (1990)による。
問5cと問5dでは、それぞれの発展のインパクトに対し、どれほど不安を感じているかを調べました。人々が最も不安に思っているのは「体外受精」ですが(61%)、「遺伝子工学」(61%)と「農薬」(57%)にも同じく懸念を表しています。懸念の度合いもこれらの技術が最も高く、他の発展に比べ大勢の人が非常に、あるいはかなり不安だとしています(表3-3, 図3-4)。「バイオテクノロジー」についてはかなり懸念は低いのですが、それでも41%の人が何らかの不安を抱いています。「病虫害の生物防除」に対する不安は少なく(30%)、物理学の3つの発展、「超伝導」(10%)、「シリコンチップ」(9%)、「光ファイバー」(7%)に対する懸念が最も小さくなっています。
高校教師は「遺伝子工学」、「体外受精」、「病虫害の生物防除」、「バイオテクノロジー」、「農薬」のインパクトに関し、一般市民よりも著しく不安を感じていました。科学者もこれら全ての発展の公衆への影響に同程度の不安を感じていますが、「病虫害の生物防除」にはやや高い懸念を表しています。ニュージーランドでは科学者と高校教師がこれら全ての発展のインパクトに関し、一般的な懸念を表明している(図3-3)一方、一般市民はそれ程心配していません。
体外受精(IVF)に対する強い不安がこれらの結果に見られる特徴の一つです。今までにも日本人の体外受精への態度に関する広範囲な調査が何度か行なわれています。1985年12月(N=7441)と1990年10月(N=2209)に総理府は20歳以上の人を対象に調査を行ないました。1990年には、「体外受精」は慎重な倫理的配慮が必要な医療分野だとした人が24%に上り、「遺伝子治療」、「出生前診断」に慎重な倫理的配慮が必要とした人とほぼ同じ割合です。1985年12月では、29%の人が体外受精を人間に行なうことに賛成し、反対は55%、17%は体外受精への意見が固まっていません。1990年では、30%が賛成、49%が反対、わからないは21%でした(総理府広報室 1986a,1991b)。1985年では体外受精は有益な技術であるとライフサイエンスの分野で聞いていると言った人は75%で、そこに挙げた10の技術(癌と遺伝病の治療――聞いたことがある人は40%――を含む)のうち最も聞いたことのある人の多い分野でした。1982年から1984年にかけて特殊グループを対象に行なわれた数件の調査では、体外受精に賛成は約60%、反対は33%でしたが、そこでの質問は、子供を欲しがっているが子供ができないカップルを想定したものでした。この質問には、想定されたカップルがこの方法でしか子供を持つことができないというコメントが含まれていたため、結果がより肯定的に出ているのかもしれません。1986年末に仏教の僧侶を対象に行なった調査では、43%が結婚しているカップルの体外受精に賛成、22%が反対、35%は態度を決めかねていました(Shirai 1990)。今回の調査では体外受精という言葉を聞いたことがある人のうち、80%が日本にとって有益だとしていますが、70%が使用に懸念を示し、かなり、もしくは非常に不安だとしているのは全体の38%にのぼります。これらの結果は、総理府による上記の大規模な世論調査と一致しており、比較対象である他の7つの科学分野に関する今回の調査結果の有効性を判断する上で基準とすることができるでしょう。また、一般の人々が科学技術の利益とリスクを同時に考えることができるということも明らかです。
予想された通り、日本とニュージーランドでは「農薬」に対する不安が高くなっていますが、ほとんどの人が農薬は国にとって有益だとも答えています。1990年3月には日本の一般市民を対象に、あるリストの中から関心のある環境問題を選ばせる形で調査が行なわれています(N=3753, 総理府広報室 1990d)。回答者の32%が「有害化学物質」を挙げ、1988年の調査と同レベルでした。一方、工場からの汚染は41%、原子力発電に伴う問題は24%でした。1989年の7月には別の調査(総理府広報室 1990a, N=2250) が行なわれ、どの環境問題が悪化しているか、いつものようにリストから選ばせています。「農地やゴルフ場から流出する肥料や農薬による水質汚濁がさらに進んでいる」と答えた人が21%、「交通による騒音」を挙げた人43%、「野焼きや廃棄物の焼却による煙がひどくなっている」と答えた人は2%でした。
図3-5:日本とニュージーランドにおける科学的発展に対する懸念度の比較
それぞれの発展を聞いたことがあると答えた人のうち、そのインパクトに不安を持っているとした人の割合。
利益や害悪を伴うような科学と技術の応用分野についての世論調査では、それぞれの技術やその特定の応用の是非を問うだけでなく、問5で行なったように、利益とリスクについても質問してみることは有効でしょう。問5の回答者が挙げた利益と害悪を図3-6に示しています。基本的に全ての発展は、回答者の大半が利益があると考えています。8つの科学発展分野の間には分散図上多少の相違が見られます。「農薬」は両国で同様に利益も不安も高い位置にあり、「シリコンチップ」、「光ファイバー」、「超伝導」は不安は低く利益が高い位置にあります。「体外受精」は大きく分かれ、日本よりもニュージーランドで好意的に捉えられています。「病虫害の生物防除」は、ニュージーランドでは最も有益な開発だと考えられているものの、日本よりも不安が高くなっています。「バイオテクノロジー」は、ニュージーランドに比べ日本では有益だと考える人が多いにもかかわらず、不安が高くなっています。「遺伝子工学」は両国で不安が高い位置にあります。
問6も同じく科学全般がもたらすと思われる利害への一般的な態度に関するもので、ニュージーランド、米国、オーストラリア、ヨーロッパでの調査に用いられた質問と同様のものです。問6では科学技術は利害どちらが大きいと考えているかを質問しました。結果を表3-4に示します。日本の高校の生物の教師と一般市民はそれぞれ58%, 56%と同じような割合で利益のほうが大きいと答えました。一般市民では6%、そして高校の生物の教師では僅か3%だけが科学技術は害悪の方が大きいと答えています。科学者はもっと楽観的で、78%が科学技術は利益をより多くもたらすとし、害悪の方が大きいと答えたのはたったの2%でした。しかし科学者以外の学術関係者は一般市民と同様の意見(N=164, 問6の結果;害悪の方が多い3.7%、利益の方が多い57.3%、同じくらい39%)でした! 学生のほとんどは理科系にもかかわらず、さらに否定的でした。
上記の結果は、日本で1990年1月に行なわれた科学の発展は「プラス」、「マイナス」、「変わらない」、「わからない」のいずれと思うかという質問(N=2339, 総理府広報室 1990c )の結果と一致しています。その時は「プラス」は53%、「変わらない」は31%、「マイナス」は7%、「わからない」は10%で、1987年の結果とほぼ同じでした。この質問はイギリスとオーストラリアで行なわれたものと同様のもので、結果も似ています。1989年にイギリスの一般市民1,020人を対象に行なわれた世論調査でもこれが質問されました。「利益の方が多い」は44%、「同じくらい」は37%、「害悪の方が多い」は9%、「わからない」は10%でした(Kenward 1989)。この結果は1985年のイギリスの調査と同じでした。1989年にオーストラリアでも一般市民757人を対象に同じ質問がなされましたが、「利益の方が多い」が56%、「同じくらい」が26%、「害悪の方が多い」が10%、「わからない」が2%でした(Anderson 1989)。日本の一般市民は科学と技術がもたらす利益についてイギリスの市民よりも楽観的で、オーストラリアの一般市民とはほぼ同じ意見です。この質問に対する最も楽観的な回答は1989年に行なわれた北京の調査のもので (N=4911 Zhang 1991) 、82%が「利益の方が多い」、2%が「害悪の方が多い」、12%が「同じくらい」、そして5%が「わからない」と答えています。1986年にアメリカで形は違うものの似たような質問が一般市民1,273人を対象に行なわれました(OTA 1987)。これは科学のもたらす利益をこれからの20年間に特定して質問したものです。62%の人が「利益はリスクを上回る」と答え、「上回らない」は28%、「使い方による」は11%となりましたが、「リスクが利益を上回る」という選択肢がなかったため、本調査の結果と比較することはできません。
第4章で見るように、重視すべき懸念の一つに環境破壊と自然への損害があります。日本では水銀汚染による水俣病など、何度かひどい環境汚染があ、まだ環境庁のかなりの予算が、被害を被った人々とその家族への補償に割かれています。総理府による世論調査の結果は上ですでに取り上げました。日本では日経がビジネスマンを対象に行なった調査(1983)で、科学技術は生活をより豊かで便利なものにするか質問しました。「そう思う」は76%、「そう思わない」は8%でした。29%の人は「人間らしさが失われる」としましたが、「そう思わない」人も43%いました。「自然や破壊悪化が起こる」は30%、「そう思わない」は42%でした。問7で質問した遺伝子操作についてどう思っているかも調べてみることにします。このような環境汚染への見かけ上の懸念が日本では遺伝子操作された生物の環境への放出を遅らせる原因にもなっていますが、第4章でも取り上げるように、問7と問19の回答からは一般市民が野外放出に反対しているとは言えません。否定的な面では、野外でゴミをやたらと投げ捨てたり、街路樹にぶら下げられたおびただしい数の広告を見るにつけ、日本人は環境汚染を本当に気にしているのかと疑問に思えてきます。筑波研究学園都市にはいくつも街路樹の植えられた道がありますが、商店のわきにある木のほとんどは無残にも広告板が取付けられているのです!公共施設の広告も例外ではありません。
本調査では問5で8つの科学と技術を選びました。ニュージーランドでの質問結果がわかっているというのが、これらを選んだ主な理由です。原子力のように他にも国際世論データ(Slovic et al. 1991)がある非常に感情的な問題の調査結果を比較するのも有益ですが、ニュージーランドのものと同じ質問を使うことにしました。原子力問題が人々の意識にのぼったとしたら、回答結果、特に問6、は違ったものになったかも知れません。調査結果は人々が考えている事柄に左右されるものです。一般的な内容の問6と問16aの回答は、その前後の質問に左右される可能性があります。
問16aは科学の利益の認識を見る別の物差しです。結果は表3-5に示す通りです。科学は日本の生活水準の向上に重要な貢献をしていると考えるのは、88%で科学者が最高です。これは企業で働く科学者の96%が肯定しています。回答は科学への関心(問1)、科学的発展の認識(問5)そして教育とも相関しています。もう一つの特徴として、学生の回答が高校の生物の教師の回答を反映している点が挙げられます。この質問に関し、日本とニュージーランドの世論は同じで、回答は同様の分布曲線を描き、81%がこの発言を肯定していました。日本の高校の生物の教師の間では、一般市民に比べこの発言に賛同する向きは少なく、一方、ニュージーランドでは逆の傾向が見られます。日本の科学者と教師は、ニュージーランドの科学者、教師に比べこの発言を肯定していませんが、ある程度肯定すると答えた人の合計数は同じでした。この結果は、8種の様々な研究分野は価値があるとした日本人の方がニュージーランドの回答者よりも多いという問5bの比較結果と矛盾します。
図3-6:日本とニュージーランドにおける科学発展の認識の比較
それぞれの発展を聞いたことがあるとした回答者数(問5a)を基に、それぞれの発展は国にとって有益とした回答者と、それぞれの発展がもたらすインパクトに対し不安を持つ回答者の割合を分散図に表示。ニュージーランドはCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。
表3-5: 科学と生活の質 問16a. 科学は日本の生活水準の向上に重要な貢献をしている。
図3-7:科学と生活の質
日本とニュージーランドにおける問の比較結果。
1991年にEurobarometer がEC各国の一般市民12,800人を対象に行なった調査に、バイオテクノロジー関連の質問がいくつか含まれていました(MacKenzie 1991)。半数の人がバイオテクノロジーは生活を向上させると考え、太陽エネルギー、コンピューター、テレコミュニケーション、新素材に関してはさらに多くの人がそう考えています。10%の人がバイオテクノロジーは生活を悪化させるとし、オランダとデンマークでは、20%がそう考えています。ドイツ、デンマーク、オランダの人々はバイオテクノロジーに比較的理解を示すと同時に、最もリスクを感じています。一方イギリスは平均的な理解度では3位ですが、心配度はそれほど高くありません。「遺伝子工学」という言葉は日本における本調査同様、「バイオテクノロジー」に比べると高い不安と少ない利益に結び付けられています。1990年にギャロップ社によってエリ・リリー社のためにイギリス、フランス、イタリア、ドイツで行なわれた別の世論調査(N=3156)では(Dixon 1991a)、63%の人が「バイオテクノロジーは生活を向上させる」に同意(フランス69% 、イギリス57%、イタリア 64%、ドイツ 53%)し、「生活は悪化する」に対しては13%の人が同意(イタリア18%、ドイツ16%、フランス11%、イギリス8%)しています。
1980年代半ばに日本とアメリカを比較していくつか調査が行なわれました(Joyce 1988)。その結果からは日本人はアメリカ人に比べて科学知識が豊富にもかかわらず、アメリカ人ほど科学と技術から利益が得られると思っていないことがわかります。アメリカ人の79%、日本人の40%が科学技術は労働条件に好影響をもたらすとしており、アメリカ人の69%、日本人では半数以下の人が科学技術が個人生活における楽しみを増すとしています。本調査にも見られるように、日本人の方が「わからない」とする傾向が強くなっています。中国、北京の調査 (N=4911 Zhang 1991) では、88%の人が科学と技術のおかげで現代の生活は便利になったと答えています。
現在の結果で、調査が行なわれた工業国ではどこでも科学が引き続き積極的な支持を得ていることが伺えます。ほとんどの科学発展は支持を得ていることを示していますが、人々の間に不安があるのも確かで特に遺伝子工学に対してそうです。この問題は第4、5章でさらに細かく調べていきます。本調査やその他のいろいろな国で行なわれた調査で回答者の表明した科学や技術に対する不安は、その技術に関し認識度が高い人でも決して小さくありません。日本やその他の国々では、技術に対する理解が高ければ懸念は少ないと考える人もいますが、Eurobarometerの調査結果からもわかるように、そうではないのです。これは本調査の科学者、教師、一般市民の回答の比較からはっきりと見て取ることができます。次の章でこの不安の背後にある理由が同じかどうかを見ていきます。
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