生物学の授業と「出生前診断」

Biology and testing before birth

白石直樹 Naoki Shiraishi
東京都立足立新田高校  Adachi Shinden High School,Tokyo
Email < naokis@aay.mtci.ne.jp >.

pp. 110-111 in 日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年。


生物学って何の役に立つの?と言われた時代は去り,倫理面での問題が指摘される時代になってしまいました。問題とされているのは,医学や農業などの分野で,一見,生物学と関係ないように見えますが,その土台となるような研究が,生命観に与える影響は無視できないと思います。例えば,胎児がどのように成長しているのか,また,人の始まりは,ひとつの細胞であるなどの記述が教科書にありますが,それは単に事実と言うより,生命観,人間観を含めたもののように思われます。

「出生前診断」技術は,ある目的のもとに開発されており,技術が広まるにつれ,もととなった思想も広まっていくように思われます。「差別」を助長させないように,「客観的事実」が,価値観の多様性を否定しないためにどうしたらよいか,生物学の授業のなかで,考えておく必要があると思います。

キーワード: ヒトの始まり 血清マーカー ダウン症
1 出生前診断について

(1)胎児診断の技術  
 絨毛検査(妊娠10週から)
羊水検査(妊娠13週から)
   胎児採血(妊娠18〜20週から)
超音波断層法(解像度2〜3ミリ)
   母体血清マーカー検査(  )

(2)着床前診断の技術

 体外受精後,8細胞程度に分裂が進んだときに, 1つの細胞を採って検査する

2 生物の授業との関わり

(1)生殖・・・受精までのプロセス(体内受精)精子の選別と体外受精

(2)発生・・・初期発生(と系統発生)神経管の形成まで

(3)遺伝・・・血液型(血液型不適合),伴性遺伝(色覚変異,デュシャンヌ 型筋ジストロフィー)突然変異(鎌状赤血球貧血症,ダウン症)

 

3 最近の中心(と考えているもの)

 母体血清マーカー検査 高齢出産とダウン症,スクリーニングとしての可能性着床前診断人工妊娠中絶を避け,出産をあきらめていた人が使用

4 個人的問題意識

 環境汚染等に対する防御としての可能性(を否定できるか)

 生物学が果たす役割

母体保護法と胎児条項,刑法堕胎罪との関係(中絶可能時期の意味づけとして適当か)ダブルスタンダード(生まれる前の選別と生まれた後の差別は別)をどう考えるか

自己決定における差別をどう問えるか

5 自分の立場

  ・カップルの自己決定を優先しながら,差別を助長しない教え方を求めていく。

  ・ヒトは未完の生物である(生物は未完成),多様性は未来への可能性を示すもの

・価値観の多様性の保障

6 授業での扱い方(と教材)

・いのちのつながり(単細胞生物・受精卵からヒトまで)(ビデオ「誕生」万物創世紀,「生命の物語」 BS海外ドキュメンタリー)(実験「ウニ,カエルの発生観察」)

・隠れている遺伝子

(「見直される色覚異常」NHK教育,「遺伝子診断」,「遺伝子解読の衝撃」)

・遺伝子は同じでも(「二重胎児,愛の決断」,「「ダウン症のジョンが映画に出た」)

・良い遺伝子や悪い遺伝子はあるのか(「 あなたは生命を選べますか」,「生命の質,   検査社会」「人体_ 遺伝子DNA _突き   止めよガン発生の謎」以上NHK)

7 実験 カエル胚の観察(都生研会誌no23榎本洋一氏の研究より) 多細胞生物も,初めは受精卵という一つの細胞である。どのようにして体が作られるか観察し,理解しよう。

1胚を包埋した寒天ブロックを安全かみそりで約1cm角のサイコロに切り出す。

そのとき,卵黄栓が正面に来るように,または,神経管が真上に来るようにする。

 2教科書の図を見ながら,同じ断面になるように胚を中央から切断する

3切断面を上にして,スポイトで水を1滴落とし,顕微鏡で観察,スケッチする。

   このとき,照明は上から当てるようにすると良い

8 観察 ウニの発生

未受精卵からプルテウス幼生まで,10種類のプレパラートを観察し,スケッチする。

9 ビデオ教材について

「生命の物語」1進化 ヒトの胎児とブタやトリ,魚の胎児(?)との比較が中心ヒトと動物の共通点に驚く 

「見直される色覚異常」古いが,見やすい教科書の配色や信号の色の身近な例がある。

「二重体児・愛の決断」 ケイティとアイリッシュは,肩から下がつながっている 両親の愛情と周囲の人のあたたかさは,一つの理想的なあり方のように思える。

五体満足でも家庭環境がよくなければ,障害がないから幸せとは言えないだろう

  遺伝子に異常がなくても先天異常の子は生まれる。

「ダウン症のジョンが映画に出た」

 ダウン症といっても個性があり,進路に悩む姿は高校生に親しみやすい。出演した

映画はデミ・ムーア「第7の予言」。

「『生命の質』検査社会の到来」

  血清マーカー検査と胎児細胞の遺伝子診断。

二分脊椎症を手術できる医師の減少,ナチスの宣伝フィルム,日本での母体血中胎児細胞検査の研究,厚生省調査,日本の実体

参考

『出生前診断 いのちの品質管理への警鐘』 佐藤孝道 著 有斐閣選書 1800円

『遺伝を考えた人間の話 人類遺伝学入門』木田盈四郎 ブルーバックス 580円

補足『出生前診断』 坂井律子 NHKスペシャルセレクション 1500円

 自己決定でのりこえられるか?(差別を進める技術,個人の差別を後押しする)

 障害者を減らすための技術(イギリス)

 血清マーカー検査は,胎児の健康を願いながら中絶を選択することになるという認識の欠如。 NHKスペシャルの放送後,どこで検査が受けられるかなどの問い合わせが殺到し,意図に反して,検査の宣伝になってしまった話など,授業者としても耳が痛い。

 第二次世界大戦後,優生学は,欧米では否定的評価を受けていない。ナチスは否定されたが,優生思想は戦前のまま受け継がれている話は,私には驚きだった。

『ようこそダウン症の赤ちゃん』三省堂 1400円

 実名で100人の家族が写真入りで登場する。特別子育てに苦労すると思われていることは誤解で,「『かわいそう』と思われることが一番の苦しみである」ということを理解することが大切。


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日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年
学校における生命倫理教育ネットワーク
ユウバイオス倫理研究会(http://eubios.info/indexJ.html)