ホームルーム野外合宿の生命倫理教育的意義
Bioethical Importance of School Field Activity with Lodging
(High school case report)
橘 都 Miyako Tachibana
東京 羽田高等学校 Haneda High School, Tokyo
pp. 55-57 in 日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年。
The purpose of this case report is to describe a school field activity related to bioethics. We conducted this activity in a western suburban area of Tokyo in June 1977. Our intention was: 1) Foster indispensable mutual relationships between teachers and students; 2) Encourage good citizenship in mainstream students though spending same space and time with handicapped, elderly and foreign students; 3) By exposing students to an area different from their usual surroundings in urban Tokyo, foster awareness of environmental protection, historical preservation and more traditional ways of life.
キーワード:旅行・集団宿泊的行事school activity with lodging¥、学習指導要領School course curriculum、
支援体制 supporting system、意欲的参加participation with consciousness
2003年度より新学習指導要領(新カリキュラムと記す)が実施となり,学校完全五日制が導入される。それによると21世紀の国民の生きる力をはぐくむ教育がめざされ,高等学校において,従来の教科教育・特別活動の枠をとりはらった総合的学習の時間が必修となる。
筆者は生命倫理教育の基本的部分はは教科教育がになうところと考えているが,その実践的教育は一つの科目や活動においてではなく日常のホームルーム,特別活動,そして新しく新カリキュラムに設けられた総合的学習の時間で行われるものが適当と考える。
新カリキュラムの教科教育の目標の中では生命倫理教育に関連した項目とみられるものとして普通教科の中には,公民,生物,保健体育,家庭の教科目標に見ることができる。専門教科に関するならば,看護,福祉にみることができる。他,道徳教育は現在高等学校の教科教育の枠としては入っていないが,“教育基本法,学校教育法に定められた人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校その他社会における具体的生活の中に生かし,豊かな心を持ち,個性豊かな文化の創造と民主的社会及び人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目的にする”という条項があり生命倫理教育を包含するものである。さらには特別活動の中のホームルーム活動と学校行事の事項においては,
ホームルーム活動は
1 ホームルームや学校生活の充実と向上に関すること
2 個人及び,社会の一員としての在り方生き方,健康,安全に関すること
3 学業生活の充実,将来の生き方と進路の適切な選択決定に関すること
学校行事の旅行・集団宿泊的行事では平素と異なる生活環境にあって集団生活の在り方や,公衆道徳などについての望ましい体験積むことができるような活動を行うこと。などが新カリキュラムの該当部分となる。
はじめに,本報告では現在にいたる高等学校教育はどのような意図で行われているのか,特に定時制教育と学校行事についてとりあげ,生命倫理教育との関連で述べることとする。続いて,ひとつの実践事例を紹介し,高等学校教育活動の中での生命倫理教育の展開の可能性について提案する。
戦後の新制定時制高等学校は,勤労学生の教育の機会を提供する場として主として夜間に学校教育をおこなう場として発足した。高度成長経済時までの定時制高校は,勉学意欲の旺盛な生徒が多数をしめ活況を呈したが,その後中学校卒業者の就職志向が減少するのにともなって入学者も減少し,その規模も縮小していく。現在における定時制は,学校不適応,外国籍,知的・身体的ハンディキャプ,成人者の義務教育後の教育を受ける機関として多様な背景を持った生徒が在籍している。
日本の学校教育において行事は大きな比重を占め,これは定時制高校においても同様である。学習指導要領では,儀式的行事,学芸的行事,健康安全・体育的行事,旅行・集団宿泊的行事,勤労生産・奉仕的行事と分類されその目的が規定されている。旅行・集団宿泊的行事(略して宿泊行事)では,多くの中学校・高等学校で卒業学年またはその前年に行われる修学旅行,および一,ニ年生をを対象とする林間学校,臨海学校,ホームルーム合宿といった,新入生に対するトレーニング的行事がその代表として行われている。これらの行事は多くの場合,学校外の施設において,数泊の宿泊と航空機や船舶を含んだ通常の通学では使用されない交通機関の利用をともなって行われる。
ところが宿泊行事を今日の日本のティーンエイジャーに行うことは,教師に対してはかなりの過重労働,保護者に対しては少なからずの経済的負担を必要とし,さらには種々のリスクが予想されるためにその効果を疑問視し,実施をみあわせる学校もある。にもかかわらず,現在核家族化,少子化が進行し,加えて都市部においては,自然環境に接する機会が減少している中で,宿泊行事を学校教育で実施することは,依然として重要な意味を持つ。
すなわち教師と生徒が生活時間を共有することにより,
1 教師と生徒,あるいは生徒どおしの深い人間関係を築く。
2 互いの個性を尊重しながら,共同生活を営むマナーを身につける。
3 種々の限界に直面する中で互いに協力しながら,一つの目的を実現していく。 自分自身を含めた自然や資源の問題について学ぶ。といった教室内では学べない,広い意味での生命倫理教育実践の場と考えられるからである。
行事の成功にいたるには,経済的人材的支援体制,適切な実施計画,企画実行する教師自身の問題意識,保護者の理解,そして生徒自身の意欲的参加が不可欠であるが,具体的一例として筆者が97年6月に実施した定時制課程高校生ホームルーム野外合宿の事例について改善すべき点を含めて報告する。
公立H高校90年代後半の新入学年は一学級のみで構成され,男子8名・女子8名,うち成人者4名,知的ハンディを持った生徒・外国籍4名(ベトナム・中国)であった。この学校では多くの場合入学から卒業まで同じ教師が担任することになっているが,新入学生は一年時に生徒間での生活指導上の問題が数回発生した。その原因の一つはクラスの多様な構成メンバーの性質によるものと考えられるが,学校生活を継続していくうえで生徒個人がかかえる問題の対応に困難が認められた。その打開策として担任は,教師間および生徒間のコミュニケーション環境の改善整備と学校外における教育活動の可能性を認めたため,ホームルーム合宿を実施することとした。学校の規定としては,ホームルーム合宿は毎年の行事としては恒例化してはおらず,担任の意向により実施が決定される。ここ3,4年間は実施した学年もあるし,しなかった学年もある。過去においては,いずれも実施場所は伊豆大島において,船中泊を含めた2泊3日で行われてきたが,今回は従来と趣向を変え,奥多摩のハイキング登山をとりいれた一泊二日とした。合宿が実施された場合の結果は,状況の改善に即効的につながるわけではなかったが,合宿を実施したことは他の教育活動では代替できない効果があった。
対象生徒 2学年14名
実施時期 梅雨入り前6月の土曜日曜
実施場所及び宿泊地 奥多摩湖周辺,一般旅館
引率教師 4名
行程概略 第一日
JR電車にて奥多摩−路線バスに
て奥多摩湖畔−近くの登山口より倉戸山登頂−宿舎着−夕食後レクレーション
第二日
湖畔の橋見学−山のふるさと村に
て陶芸,そばつくり,木工のてづく
り体験 −ダムサイト内でバーベキュー−JR電車にて帰宅
当日の天候は晴れたが前日までは少なからずの降水があった。参加者は10名で当日欠席者がでたが,その理由は休暇の都合がつかなかったか,集合時間に間に合わなかったかである。出席者は全員体調もよく全日程消化が可能であった。企画側が奥多摩を実施地に決定したのは,ハンディのある生徒にとって従来の実施地大島に交通手段に船を使用することに困難が認められたこと,自然にふれさせる点で比較的近距離で軽登山ハイキングが可能な場所であったためである。ハイキング地の倉戸山は奥多摩湖のすぐそばに位置する山で桜の他広葉樹が美しく,標高1000mほどの山であるが山頂はほぼ奥多摩湖の全貌を見渡すことができる。
第二日の山のふるさと村は現在,キャンプ場,自然観察場,つり場が完備した,この地域のアミズメントパークのようになっているが,小河内ダムが完成する以前は,奥多摩の集落で養蚕をはじめとして伝統産業が盛んであった。
関係者の協力と経済的支援も得られて無事合宿を終えることができ,参加生徒も互いのコミュニケーションを深め,自然の中での数々の体験学習もみずから,楽しみながらできたことは大きな成果であった。
全般に成功に終わった合宿であったが,一方においては具体的な準備に多くの注意が注がれ,
- 奥多摩の東京の水源としての役割の重要性(奥多摩湖は現在でも東京の飲料水供給地としての大きな役割を果たしている)
- 小河内ダムの建設のために水没,移住,転業を余儀なくされていった住民の問題
- 多様な生徒集団が行動をともにすることにより互いを相違点を認めながらも助け合っていく
といった当初企画側が大きな目標としていたことが必ずしも十分に生徒へ認識させえなかった点が不足であった。
これには,初めての試みが多かった,主な企画が一人の教師で行われていたこととも関係があるが,引率者が生徒14名に対し4名という他校の例と比較しても,かなり好条件で実施された中で,その点においてまだ改善の余地があった。
上記の例もあわせて,多くの教師が日常の多忙な教育活動中にあって,高等学校の生命倫理教育がいろいろな形で実践されている。その中心はやはり,教科教育によるものであると考えられる。なぜなら生命倫理教育の重要性が高まった背景には,20世紀の生命科学の急速な発展と生命や物質に関する価値観の多様化が密接に結びついているからである。これからの日常生活のなかでは,たとえ専門家でなくとも多くの人が生命倫理的判断を行わなければならない場に直面していく。たとえば,食糧や薬品の生産と消費,生殖と育児・出産,けがや病気と事故,など少子化・高齢化社会において自分自身,さらには肉親や隣人に対しての対応をせまられていくのである。そのためには,最低限の知識と問題に対して判断・決定する力が必要とされ,これらは教科教育において最初の糸口が導かれ,その発展として,総合的学習の時間や特別活動のなかでより実践的・具体的教育が高等学校教育の中で展開していくのが適当である。
新カリキュラムの一般方針に掲げられている“生きる力をはぐくむこと”は,高等学校の生命倫理教育のめざすひとつの目標ととらえることもできる。これからの学校教育では,教科教育に加えて教科以外の教育に独自性を持たせることが期待され,さらには学習指導要領の文言には生命倫理教育という語句は登場しないが,随所にその概念が見られる。これらの独自な教育を実現させるためには,教師側の強烈な問題意識が必要となってくる。
これから,各学校で新カリキュラムに向けての本格的な検討がなされる時期であるが,ホームルーム合宿の事例が学校教育の特別活動における発展的な生命倫理教育展開の可能性を示したものとして参考にしていただければと思っている。格別に他校で行っている宿泊行事と大きな違いがあるわけではなく,日常の行事やホームルーム活動の中でも,教師の問題意識の持ち方と生徒の意欲的参加があるならば,広い意味での生命倫理教育が可能である。と多くの教師の方々に自信を持っていただければと考えている。筆者自身教育現場に携わる者として不完全な部分を持ちながらも,試みを続けていくことの重要性を日夜認識している。
多くの高等学校において,日常学校内で発生する諸問題を対処しながらも,様々な方法で生命倫理教育を展開している現職の教師の皆さん,お互いにがんばりましょう。
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日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年
学校における生命倫理教育ネットワーク
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