生命倫理教育を軸とした生物1Aの実践

Bioethics education and Biology 1A

槙本 直子 Naoko Makimoto
愛知県立豊田東高等学校 Aichi Prefectural Toyota Higashi Senior High School

pp. 63-72 in 日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年。

Email: mnaoko@quartz.ocn.ne.jp
[抄録] 現在,遺伝子操作やクローン,臓器移植など生命に関わる技術が,大きな社会問題となっており,マスコミを通じて流される情報も多い。ヒトに焦点を当てる学習内容となっている生物1Aでは,こうした社会背景を念頭に置いた授業構成が必要であろう。本稿は生命倫理教育を一視点として,1994年度から5年間に行った生物1Aの実践報告である。

キーワード: 生命倫理教育  STS教育  生物1A  授業実践  ヒトの生命科学
1 はじめに

 クローン羊の誕生,遺伝子組み換え食品の食卓への登場,脳死からの臓器移植,環境ホルモンの人体への影響・・・など,現在我々を取り巻く社会は,科学技術の急速な進歩や人間活動の暴走による様々な問題や矛盾を抱え,深刻な事態に多くの警告が発せられている。特に生命と現代のテクノロジーが接触する場では,これまで想像もしなかったような倫理問題に直面し,従来医学界で考えられていた「生命倫理」(バイオエシックス)という言葉が生物学の分野でも1970年代から80年代にかけて使われるようになり,多くの提言がなされている。

 生命倫理とは科学,技術,医学がもたらす様々ないのちに関する問題を検討し意思決定を行うプロセスであるが,身近な生活の中で一般の人達に要求される時代がやってきている。高校生物学で扱う領域には,自己決定するための重要な判断の根拠となる科学的知識が多く,こうした時代背景を無視することは出来ない。

 特に,生物1Aは,ヒトの生物学が学習内容の軸となりその要請は強い。これまでもSTS(科学−技術−社会)教育といった試みがなされているが,より明確に生命倫理に視点を置いた教育の必要性が言われだし,「学校における生命倫理教育ネットワーク」ができるなどの動きが起きている。現代社会の課題となる生命倫理を軸に授業内容を構成することで,ただ単に学習内容を知識として学ぶのではなく問題意識を持たせることが可能となり,学習の動機付けや意思決定の第一歩を踏み出すきっかけを与えることができるのではないだろうか。

 また,今日のような情報社会にあっては,新聞・テレビ等マスコミを通じて最先端の科学技術のニュースもよく取り上げられ,高校生の持つ潜在的かつ断片的な科学知識はかなり多い。しかし,マスコミの取り上げ方は興味本位であったり場当たり的,一面的であることも否めず,大衆の興味関心も一過性であり偏っていたり,知識も誤解や思いこみの部分が無視できない。授業では,生徒の情報社会からの関心をうまく引き出しながらもマスコミに踊らされることなく,正確な科学的知識を体系的に学び,興味関心を継続させ冷静な判断と行動を育てることを目指した。

2 生徒の意識

 授業に先立って,生徒の実態を知り年間計画を立てるため,取り上げる内容についていくつかのキーワードをあげ生徒達の持つ情報量を簡単なアンケートで調査した。マスコミの影響は大きく,年毎に生徒の知識や興味関心は変動し,それに応じて授業内容も調整していく必要がある。平成11年度の3年文コース4クラスの結果は以下に示すとおりである。(アンケート実施人数141人,数字は%)

<問い1> 最近の生物学の進歩は多くの社会問題を引起こし,新聞やテレビなどのマスコミで論議されることも少なくありません。また身近な生活の中で生物学の発展により解決が期待される問題も多くあります。 次にあげることがらについて,内容まで知っている場合には◎,聞いたことがあれば○,知らない場合には×を示しなさい。

(1)生命誕生     ◎   ○   ×
人工授精       40.6  58.0 1.4
体外受精      15.5  73.2  11.3
   代理母(借り腹)  26.4  43.7  29.9
   精子銀行    9.9  27.7   62.4
排卵誘発剤   4.9  18.2   76.9
顕微鏡受精  4.2  21.8   74.0
   胎児診断・羊水検査 4.9  41.3   53.8
男女産み分け 1.3  27.6   71.7
クローン羊・ドリー 22.9 56.5   19.6

(2)ヒトの遺伝 ◎ ○ ×
  遺伝病   6.3   71.3  22.4
  色盲(色覚異常) 10.5  21.0  68.5
DNA   18.2  76.9  4.9
DNA鑑定   25.4  73.2  1.4
 遺伝子治療 0.0  42.3  57.7
  遺伝子組み換え食品  2.1  10.6  87.3
  ポマト        7.0 4.2 88.7

 (3)ヒトのからだを守る ◎   ○   ×
血液型 44.9 53.6 1.4
血友病 9.9 53.5 36.6
   アレルギー   36.7 61.2 2.1
   アトピー     27.3 72.7 0.0
   花粉症    59.2 40.8 0.0
   AIDS(エイズ) 45.5 54.5  0.0
   骨髄移植 35.0 59.4 5.6
   臓器移植法 12.1 75.8 12.1
   脳死 26.8 65.5 7.7
   リビング・ウィル   0.0 2.1 97.9
インフォームド・コンセント 0.7 5.6 93.7
ウィルス 7.7 86.7 5.6
   O−157 52.1 47.9 0.0
   エボラ 0.1 49.7 46.2

(4)私たちをとりまく地球環境問題 ◎   ○   ×
環境ホルモン 0.7 18.3 81.0
  ダイオキシン 20.4 79.6 0.0
  地球温暖化 54.3 45.7 0.0
 フロン 15.7 73.6 10.7
オゾンホール 37.6 56.0 6.4
 ワシントン条約 3.5 88.7 7.8
酸性雨 36.6 62.6 0.8
  アースディ 0.0 8.4 91.6
  産業廃棄物 17.1 78.6 4.3
環境アセスメント 0.0 65.3 34.7
 海上の森 4.2 23.8 72.0
 レッドデータブック 0.7 2.2 97.1
 チェルノブイリ 11.3 78.3 18.2
 六ヶ所村 0.7 8.5 90.8

<問い2>次にあげる単元のうち,興味のあるもの,学んでみたいものを選びなさい。
  多かったものから順に
      1.人間に有害な生物  35.0  
      2.地球環境問題 34.3
      3.ヒトの誕生 30.7
      4.ヒトの遺伝 
  5.血液型 29.3
    6.エイズ
      7.脳死 23.6
      8.アレルギー     22.9
   9.臓器移植      20.0
      10.ヒトの発生 17.9
  その他 ヒトの進化,人の行動,生物の利用,身近な生物の生活など

 この結果を見ると,脳死や臓器移植について知っていても,リビング・ウィル,インフォームドコンセントは知らない,地球温暖化やオゾンホールは知っていても環境アセスメントや2005年万博会場の海上の森や六ヶ所村を知らないと,社会問題としてのとらえ方が低い傾向がみられた。また,最近になって問題が大きく報じられるようになった遺伝子組み換え食品や環境ホルモンについてはまだ認識されていないことも分かった。(環境ホルモンについては,平成11年度の生徒ではほとんど知っており,この1年間で大きく変化している。)

 各項目について社会の動きや何が問題なのかを簡単に解説をしていくと,生徒達の興味関心を引き出し学習の必要性を感じさせることもでき,意識調査の結果を学習の動機付けに用いた。

このような生徒の現状と興味関心をふまえ,1年間の授業計画を立てた。

3 「生物1A」の授業内容

 「生命」そのものを扱う生物学において,生命の尊厳や生命の質を問い人間的な様々な価値と意味を問う「生命倫理」と無関係な分野は存在しない。トピック的に脳死や生殖技術,エイズなどを取り上げるのではなく,授業全体を構成する基盤として学習の視点をここに置いて年間計画を作成した。

 生物1Aの目標は「日常生活と関係の深い生物,人間及び生物現象に関する探求学習を通して,科学的な見方や考え方を養うとともに生物,生物現象及び生物学の応用についての理解を図り,科学技術の進歩と人間生活との関わりについて認識させる」(学習指導要領)ことである。科学技術の進歩と人間生活の関わりを考える上で今日的な生命倫理の問題を取り上げることは必然とも言える。また,学習内容については「人間の生活と生物」が必修項目であるが,「生命を維持する働き」「親から子へ」「生物としての人間」「生物学の進歩と人間生活」の4項目は選択項目であり自由な構成が可能である。

 ヒトに焦点を当て「生命とは何か」を考えるなかで,表面的な事実認識に終わらず,基本的科学知識とともに豊かな感性を培うことを目標にした。

 以下に授業の展開方法と学習内容(単元と扱った項目−基本的知識と社会問題−)を紹介する。

<授業展開> 各単元において

 (1)事前意識調査(プレテスト) 1時間
社会問題として取り上げる生命技術,現象に関する認識と興味の程度を聞き,学習の動機付けとする

(2)基本的知識の学習 5〜8時間
講義により科学的理解を促す

 (3)社会問題の提起 1〜2時間
新聞記事,教科通信,ビデオなどを利用

 (4)事後意識調査 1時間
科学的理解のもとに生命技術利用の是非や問題点を考えさせる。

自分の考えをまとめ意見交換することで問題の所在を明らかにする。

<授業構成>

(1)親から子へ

 ・生命誕生  

    基本的知識の学習

     細胞の構造と働き,     体細胞分裂・減数分裂, ヒトの生殖細胞,受精の機構

問題提起

     生殖革命(体外受精,代理母,胎児診断,クローン), 発生に影響を与える環境要因,ビデオ「私は誰の子」「クローン複製」

 ・ヒトの遺伝

    基本的知識の学習

メンデルの法則,複対立遺伝,     染色体と遺伝子

    問題提起

男女の産み分け,ヒトの遺伝病(障害児問題)

 ・遺伝子DNA

    基本的知識の学習

     DNAの構造,遺伝情報の発現

    問題提起

     遺伝子組み換え(薬品,食品),     遺伝子治療,遺伝子診断,

ヒトゲノム計画, ビデオ「バイオ科学者の夢と不安」

(2)生命を維持する働き

 ・内部環境 

    基本的知識の学習

     血液,生体防御機構(免疫),病気

    問題提起

     アレルギー社会,エイズ,臓器移植

(3)生物としての人間

 ・ヒトの行動

   基本的知識の学習

神経系,脳の構造と働き,動物の行動

問題提起

脳死(臓器移植),     ビデオ「脳死・新しい死のもたらすもの」

(4)人間生活と生物

 ・自然と人間  

    基本的知識の学習

     生態系,環境の保全

    問題提起

     地球環境問題,環境ホルモン,     ビデオ「生殖異変−

       しのびよる環境ホルモンの恐怖−」

 具体的な授業内容については参考資料としてアンケート結果,教科通信の一部を最後に掲載した。アンケートは著者独自のものと「学校における生命倫理教育ネットワーク」を通じて依頼されたものを平行して利用した。

4 教科通信の利用

 授業を進めるにあたって,その中心として教科通信を毎時間発行した。教科書には様々な自然現象やその法則,基本的科学用語などが要領よくまとめられているが,一つの真実に至る過程の多くは省略され劇的要素は影を潜めてしまっている。特に,生物1Aでは内容の深まりに乏しく羅列的になっている部分が否めない。その欠陥を補う楽しい読み物として内容を検討した。

 また,科学と社会の関係や生命倫理の面に焦点を当てると,ともすれば科学批判に陥りやすい。しかし,科学が果たしてきた役割は大きく,私たちの考えを深め多大な影響を与え世界を広げてきた。感覚的なとらえ方ではなく理性的で科学的思考力に基づく判断が出来るために,また科学の楽しさを感じ,科学への知的関心を育てるためにも教科通信を活用した。

<内容>

 ・科学史的視点から

 一つの自然法則の発見が人間の思想全体に影響を与え社会全体の動きとなった例や,間違った知識が偏見を生み不幸な差別などが行われた過去を知り,正確な知識を持つ大切さを知る。

 ・研究者の横顔

 一人の研究者の生き方には,その時代の政治や思想,社会が反映され,科学者としてだけでなく一人の人間として輝いている。生命倫理は人としての生き方に関わる者であり,科学者を知ることの意味は大きい。

 ・科学と技術と社会

 最先端技術の紹介とその活用の問題点や今後の課題を考える。生命倫理を直接問うものであり,各単元の導入またはまとめとした。

<作成の留意点>

 ・学習内容との関連性

 話題となっているニュースであっても学んでいない範囲の話は避け,必ずその時間の学習内容に即したものとする。トピック的な取り上げ方ではなく体系的に扱うことを心がけた。

 ・カットの利用や見出しの工夫

 生徒の関心を引き,読みやすいレイアウトにする。講談社ブルーバックスのカットなどを多く利用した。

 ・柔らかな表現,自分の言葉

 ・問題提起を心がける

5 生徒の反応

 各単元ごとにテーマや内容についての生徒の感想から反応を紹介する。(1995年度名古屋大学附属高校1年生の意識調査から)

(1)生命の単位
 「細胞など実際に見えるわけでないので余り面白くなかった。」
「人の未知な世界が見えた気がした。」
 「細胞にある構造名を覚えるのが大変だった。」
 「生命っていうのはそのままだと理解しにくい言葉だけど,生物学的に考えるとわかるような気がした。」
(2)生命誕生/生殖革命
 「人から人が生まれるという事はとても神秘的。」
 「人間が生まれる過程より今の自分の事を考えさせられた。」
「試験管ベビーや代理母などは初めて聞いた言葉でとても興味を持ったし驚いた。生命誕生に人間の手を加えるなんてよくないと思った。」
「生もしくは性をどう扱っていけばいいんだろうと思った。前々からの考え方じゃダメだと思う。 社会の流れにそって変えていかなきゃ。」
(3)ヒトの遺伝
 「とても興味がもて面白かった。」
 「わけわからんくて嫌い。」
 「勉強するにはとてもおもしろいものだったが,遺伝病などのハンディキャップについて考えさせられた。」
「親から子の遺伝で親にいろいろ聞いてみたりして楽しかった。」
「理解するのに時間がかかって難しかったけど,勉強できてよかった。」
「もっとくわしく勉強したい。」
(4)遺伝子DNA/遺伝子診断,治療,操作
 「このテーマが一番興味深かった。どうして?どうやって?そんな疑問ばかりだった。 このテーマはぜひこれからも注目していきたい。」
「遺伝子がくわしく知られるにつれてこんなにたくさんの使い方があるんだって思いました。悪用されるのはいやだけど医療の方にどんどん使われるとよい。」
「ミクロのミクロの世界が人間の手によって操作されるなんて信じられないし恐ろしい気もする。」
「生物のもとがコンピューターの部品みたいな気がする。私たちは機械なのだろうか。」
「DNAの存在の大きさを知った。遺伝子操作を知った時にはぞっとした。」
「DNAの構造の二重らせんはきれいだと思った。このあたりを勉強していた時に生物の道に進みたいと思った。」
(5)血液の働き
 「血にまつわる歴史はとても面白かった。」
 「すごく興味があり授業が待ち遠しかった。」
 「血液は気持ち悪いというイメージが頭から離れない。」
 「血を見るとぞっとする。」
 「わくわくした。知らない事ばかりで驚き。」
(6)生体防御機構/エイズ・アレルギー・臓器移植
 「身近な問題で興味深かった。」
 「自分の知識不足がよくわかった。知ってるつもりだったが知らなかった。」
「アレルギーは自分にもあるのですごく勉強になった。もっとくわしく知りたい。」
「今,一番興味のある事です。今だにエイズへの誤解ってあると思います。」
「臓器移植の是非について多く考えさせられた。」
 「身近な病気の話でドキドキした。」
(7)神経と脳/脳死と臓器移植
 「脳死のビデオはとても印象的で深い関心を持った。」
 「脳死の問題が一番ショックでした。こんな事が行われているんだと昔と見方が変わりました。死 の定義とは? 悩める内容だった。」
「これからすごく重要となる社会問題だ。」
 「脳死について勉強してからよりいっそう考えさせられた。患者さんの立場と提供者の立場の両方を考えないといけないから頭がこんがらかる。」
(8)地球環境問題
 「このままでは地球が危ない!と思うけど何もできない。何とかしたい。」
「今とっても騒がれていて,私自身とても恐い問題でした。もっと奥深く探りたかったです。」
「本当はそんな風じゃいけないけど,あまり興味がなかったのでうーんって感じだった。」
「私にとって一番,生きていくのにかかわる大切な事だと思った。何とか改善してほしい,今の地球の危機を。」
「本当に深刻な問題だ。」
 「人間が今考えなければいけない問題はこれだ。この問題には前から興味がありもっともっと勉強したいと思った。全部知って私が環境を変える何かをしたい。」
「ビデオを見て,発展途上国と先進国の経済問題がからんでいることがわかった。いったいどうしたら良いのかわからない。」
「環境はこれからますます大きな問題になっていくので授業でももっと取り入れた方がいいと思った。」
「私たちがもっとしっかりしないと!」
 「私たちの将来の問題であると思う。」
 「他の教科でも同じようにやっているのでもっと高度な話がしてほしかった。」
 「大人の人達は地球環境問題を取り上げてはいてもあまり行動に移していないと思う。自分でもそうだが実際に悲惨な状態にならなきゃ動かないと思う。」

・興味・関心度の高かった単元
 1,生体防御(エイズ・アレルギー・臓器移植)78.2%
2,地球環境(熱帯雨林消滅・地球温暖化など)77.2%
 3,ヒトの遺伝      68.2%

・興味関心の高かった社会問題
   1,エイズ       
   2,脳死
   3,地球環境問題   
   4,臓器移植
   5,遺伝病

・新聞記事の活用について
 良かった             78.3%
 利用度    全部読んだ 17.3%
        だいたい読んだ 52.1%
        たまに読んだ 26.1%
        読まなかった 4.3%

 量について  多い 48.7%
 ちょうどよい 48.7%
  少ない 2.6%

 興味・関心  もてた 62.8%
 もてなかった 5.3%
 どちらとも言えない 31.9%

 「日頃見過ごしてしまうニュースも授業と平行して読むと面白い」
「授業内容が分かりやすくなって役立つ。」
 「社会問題として考えられて良かった。」
 「毎日新聞を読んでいるのに気づかなかった。身近に生物で習った事があるんだなと思った。」
「こういう機会でもないといつも新聞を読まないので,よいと思う。」
「本当は自分で家の新聞で興味を持って読むのが一番良いのだろうな。」
「いいと思うが量が多くて読む気にならない。」
 「先生の解説付きで分かりやすい。」
「新聞を読む事で興味がわいて面白かった。」

・教科通信(生物かわらばん)について
  利用度   全部読んだ 54.0%
      だいたい読んだ 40.7%
      たまに読んだ 5.3%
      読まなかった 0.0%

  量について 多い 21.2%
 ちょうどよい 70.8%
  少ない 7.9%

  興味・関心 もてた 79.6%
 もてなかった 0.9%
 どちらとも言えない 17.7%

「生物の授業は,なぜ興味があったかというとやっぱり生物かわらばんがあったからかな。」
「絵とかがちょっと不気味だったけど新しい発見や知らなかった歴史の事などがわかって面白かった。」
「とても面白かったし役に立ったと思う。配られるのがすごく楽しみだった。」
「うちの母も面白そうに読んでいました。」
 「量が多すぎてちょっと読む気にならなかった。」
 「内容が面白く手書きだったので読み易かった。」

6 終わりに

生物1Aが教育課程に登場して5年が経過した。この5年間,名古屋大学教育学部附属高等学校(1994〜1997年)と愛知県立豊田東高等学校(1998年)の2校で生命倫理を軸にした授業を実施してきた。

 以前から折りにふれ教科通信や特別編成での授業構成でいくつかの問題提起をしてきたが,生物1Aの授業はその中心が科学と社会,科学と技術の問題を念頭においたものとなる。この実践を通じて,改めて現代社会における「生命」にかかわる問題の多さと重要性を感じている。

 最近では現代文明の脆さや科学技術利用の二面性を再認識させるような問題が日常的に発生している。久しく前から物質文明から精神文明への変革が叫ばれていたが,心の問題がまた一段とクローズアップされているようである。また,若者の理科系離れがすすみ理科教育の問題点がさまざまなところから指摘される現在,「生命」を学ぶ学問分野の再評価が必要ではないだろうか。ヒトとしての自分の存在を科学的にとらえ,人間社会をさまざまな視点から眺めその構成メンバーとして行動規範を形作るためにも,生命倫理という視点から高校生物の学習内容を構成していくことは意味がある。

1998年度は転勤1年目の授業ということもあり,生徒の実態を把握しながら手探りでの実施であった。生徒集団が変わればその関心の方向も異なる。特に愛知県立豊田東高等学校は女子校であり,その特徴は無視できない。顕著な特徴として感じたのは,学習内容でいえば生殖革命や病気に関心が高くバイオテクノロジーなどの技術への興味が低いことなどである。そのため当初予定していた内容を変更したり,費やす時間を変える必要も出てきた。しかし,概して生命倫理への関心は男子より女子の方が高い傾向があり,女子校の生物として生命倫理を軸とした授業構成は生徒の要望に応える内容となった。問題意識を培うことを目的にした授業では,生徒の反応を十分に把握した授業構成でなければ,目的の達成は難しい。

 「生命」を考える生物学にとって,今日のように価値観の変動が著しく多様化が進む社会においては,絶えず問いかけていかなければならない問題が多い。また,生殖技術や脳死と臓器移植の問題のように事の是非を教えられるわけではない。科学的知識や社会状況から利点と問題点を指摘し,判断は一人一人に委ねるという形でしか取り扱えない領域ばかりである。環境問題のように知れば知るほど悲観的になりがちで,解決策の糸口さえ見えない問題も多い。しかし,答えに至らなくとも,問題を認識し考える時間を持つことが今求められている。

 3年の授業が終了した後の1999年2月の末,臓器移植法施行以来初の脳死者からの臓器移植が話題になった。卒業式の予行に登校した多くの3年生が「家で脳死や臓器移植について話し合った。」「両親に脳死についてきちんと説明できた。」「新聞の記事を一所懸命読んだ。」と報告に来てくれた。はじめにで述べたように,この授業の目的は問題意識を持たせ意思決定の一歩を踏み出すきっかけを作ることであったが,「難しい問題だけど考えなければいけない」ととらえる生徒が多く,授業で取り上げた成果はあった。

参考文献

『生命観を問い直す』森岡正博,ちくま新書
『現代思想としての環境問題』佐倉統,中公新書
『医療の倫理』星野一正,岩波新書
『生殖革命』石原理,ちくま新書
『環境倫理学のすすめ』加藤尚武,丸善ライブラリー
『生物1Aにおける人体に関する教材モジュールの開発研究』愛知県STS教育研究会
『生命誕生をめぐるバイオエシックス』金城清子                 日本評論社
『ヒューマンボディショップ』キンブレル,化学同人
『いのちがあやつられるとき』毎日新聞社会部             情報センター出版局
『クローン羊ドリー』ジーナ・コラータ,               アスキー出版局
『つくられた障害「色盲」』高柳泰世,朝日新聞社
『バイオテクノロジーの世界』渡辺格,講談社
『遺伝子組み換え食品の恐怖』渡辺雄二,河出書房
『いのちの遺伝子』中部博,集英社
『エイズと生きる時代』池田恵理子,岩波新書
『移植−今何が起きているか』マッカトニー,                  三田出版会
『脳死とは何か』竹内一夫,講談社ブルーバックス
『沈黙の春』レイチェル・カーソン,新潮文庫
『奪われし未来』シーア・コルボーン,翔泳社
『メス化する自然』デボラ・キャドバリー,集英社
Please send comments to Email < Macer@biol.tsukuba.ac.jp >.

日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年
学校における生命倫理教育ネットワーク
ユウバイオス倫理研究会(http://eubios.info/indexJ.html)