日本の高校生におけるバイオテクノロジーに対する受容観と期待観

Expectations of Biotechnology of Japanese High School Students

小松 宏充,メイサーダリル   Hiromitsu Komatsu & Darryl Macer
筑波大学生物科学系 Institute of Biological Sciences, University of Tsukuba

pp. 98-101 in 日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年。


はじめに

近年,科学技術の発達はめざましく,特にバイオテクノロジーは急速な進歩を遂げている。既に日常生活に応用されているものすらある。歴史的に観れば,科学の進歩は,社会に多くの利益をもたらすものであるが,多くのリスクを伴うのが通例である。例えば,遺伝子組み換え技術において,害虫・雑草への耐性を持つ農作物や,日持ちの良いトマトを生み出した反面,その作物を栽培することによって生じる環境への影響や,摂取した人体への影響といった問題点が指摘されている。今や,利益とリスクを兼ね備えたバイオテクノロジーの応用に対する倫理的意思決定が一般市民に求められている。同様な意思決定は,大人のみならず,未成年者にも求められている。その現状に対処するためには,バイオテクノロジーに対する市民全般の態度や姿勢を調べる意識調査が必要である。本研究では,高校生のバイオテクノロジーに対する利益・リスクの受け入れや期待,また,そのような意識の根底にある理由について調査するとともに,彼らが科学についてどのような情報をどのような情報源から得ているか,また,それらが高校生のバイオテクノロジーに対する考え方(特に利益とリスク)にどのような影響を及ぼしているのかを調査した。

研究方法

 バイオテクノロジーの一つである「遺伝子組換え作物」についての知識,興味,期待,利益・リスクなどの受容,また,それについてのどのような情報をどのような情報源から得ているかについて高校生を対象にアンケート調査を行い,その結果を分析した。

生命倫理ネットワークに所属する37名の高校教師(倫理・社会の教師19名,生物の教師8名)に依頼状とアンケートを郵送し,うち8校(男子252名,女子721名)から回答を得た。生命倫理ネットワークとは,教育における生命倫理の役割と生命倫理における教育の役割を探るために1996年12月に発足したネットワークであり,隔月の勉強会,ニュースレターと呼ばれる勉強会の報告書を通じて,生命倫理教育に興味を持つ人々をつなぐ場として機能している。

表1: 生徒の特性

%s

N

% 男

1年

2年

3年

合計

977

26

23

36

40

日本橋合計

229

46

0

50

50

豊田 東

130

0

0

0

100

美木多

228

38

100

0

0

足立新田

19

58

0

0

100

水戸第一女子

114

0

0

100

0

日立北

24

54

0

0

100

逗子開成

35

100

0

100

0

浦和第一女子

198

0

0

47

53

本アンケート調査は,バイオテクノロジーに関してメディアや学校での授業が生徒に及ぼす影響についての質問に,1996年と1997年に行なわれたバイオカルト調査の日本語訳を3問加えて行った。バイオカルトとは,1996年,イギリスのセントラル・ランカシャー大学付属職業倫理研究センターのマリー・レヴィット博士とルーズ・チャドウイック博士が主幹する研究者グループによって,イギリス,スペイ,ドイツ,フィンランドにおける11〜18歳の学生を対象にバイオテクノロジーや,自然に対する認識をとらえる目的で実施された調査に付与された名称である。 (Macer, D., Obata, H., Levitt, M., Bezar, H. & Daniels, K. (1997) Biotechnology and young citizens: Biocult in New Zealand and Japan, Eubios Journal of Asian and International Bioethics 7 (1997), 111-5)。

表2: 科学に対する興味と,遺伝子組み換え作物の認知度

%

合計

N

977

252

721

あなたは,理科系の科目が好きですか?
非常に好きだ

8

6

8

好きな方だ

30

33

29

きらいな方だ

23

19

25

非常にきらいだ

12

12

13

どちらともいえない

24

27

23

無回答

3

4

2

あなたは,「遺伝子組換え作物」について知っていることがありますか?「はい」と答えた人はその内容も書いてください。   
はい

33

27

35

いいえ

66

71

64

わからない

1

2

0.8

あなたは,「遺伝子組換え作物」について興味がありますか?「はい」と答えた人はその内容も書いてください。
はい

33

25

36

いいえ

65

73

62

わからない

2

2

2

結果および考察

調査の結果,遺伝子組み換え作物の認知度は男子よりも女子のほうが少し高く,興味もやや多く示した。

遺伝子組み換え作物の利益と危険性に関する質問には,約半分の回答者が「遺伝子組換え作物は社会にとって利益がある」と回答し,約40%の回答者が「社会にとって危険である」と回答した。また,「利益がある」と答えた回答者の半分が「危険である」とも回答しており,比較的多くの高校生が利益とリスクの両方を予期していることが判明した。

*「遺伝子組換え作物」について質問しますので,1. 2. 3. 4.  5.  の5つのうちで,あなたの考えに相当するものを一つ選び,番号に○をつけてください。また,その理由も書いてください。

表3: 遺伝子組み換え作物の利益と危険性*

%

合計

これは社会にとって有益だと思いますか?
非常に思う

16

26

12

どちらかといえばそう思う

36

27

39

あまり思わない

12

10

12

まったく思わない

3

3

3

わからない

32

31

32

無回答

2

3

2

これは社会にとって危険だと思いますか?
非常に思う

12

18

10

どちらかといえばそう思う

29

22

32

あまり思わない

12

11

13

まったく思わない

4

6

4

わからない

39

40

39

無回答

3

4

3

あなたは遺伝子組換え作物を食べてもいいと思いますか?
非常に思う

11

18

9

どちらかといえばそう思う

25

20

27

あまり思わない

24

20

26

まったく思わない

11

13

11

わからない

26

26

25

無回答

3

4

2

全体的にみて,これは奨めるべきだと思いますか?
非常に思う

21

32

18

どちらかといえばそう思う

26

22

27

あまり思わない

13

8

14

まったく思わない

7

10

6

わからない

30

23

32

無回答

4

5

4

 バイオテクノロジーに関する別のアプローチとして,以下のような問題を提示した。

A. 好きなだけ食べても,太らないために,ファットフリー(太らない)遺伝子を毎日服用しているヒカルという人物に関する新聞の抜粋を与えて,次の質問を課した。「ヒカルの祖父母は,ファットフリー遺伝子の服用を快く思っていない。もし,あなたがヒカルの友達だったら,あなたはどのように思いますか?あなたが体重を減らしたい時,ファットフリーを服用したいと思いますか?」(自由回答形式で回答を求めた。この質問は,14〜15,17〜18歳を対象とした。)

 この質問に,「ヒカルが,その遺伝子を服用すべきだ」と回答した割合は,イギリスで45%,スペインで39%,ドイツで35%,フィンランドで37%(ヨーロッパ全体では40%),ニュージーランドで42%,日本で36%であった。これに関連して,最も一般的な忠告として「副作用があるかもしれない」と回答した割合は,ヨーロッパで29%,ニュージーランドで35%,日本で43%であり,「自然な方法で痩せるほうが良い」と回答した割合は,ヨーロッパで33%,ニュージーランドで26%,日本で27%であった。

  日本では,服用についてあまり賛成ではなく,その理由として副作用の危険性を挙げている。しかし,自然な方法で痩せるといった努力には消極的であり,「ファットフリーの作用がはっきりとわかるまで服用しない」といった意見もあった。

B. あなたが好きな果物や野菜はなんですか?あなたの選んだ果物や野菜は,バイオテクノロジーを使って,どのように改良することが出来るでしょうか?言葉や絵で,あなたの考えを表現してみてください。あなたが考えた変化は,良いアイディアだと思いますか?なぜ,そう思うのか教えて下さい。(この質問は11〜12歳を対象とした。)

 この質問に,絵を描いて回答した事例は,ニュージーランドで56%,日本で47%であった。そして,最も一般的な果物として,スイカを選んだ割合は,ニュージーランドで12%,日本で12%であった。また,リンゴを選んだ割合は,ニュージーランドで18%,日本で5%であった。さらにまた,オレンジを選んだ割合は,ニュージーランドで7%,日本で9%であった。改良したい理由で最も共通していたものとしては,「便利である」と回答した割合は,ヨーロッパで32%,ニュージーランドで26%,日本で17%であった。また,「食べやすい」と回答した割合は,ヨーロッパで21%,ニュージーランドで17%,日本で32%であった。さらに,「経済的」と回答した割合は,ヨーロッパで10%,ニュージーランドで16%,日本で10%であった。これに対して,反対意見として,「変えない」が,ヨーロッパで15%,ニュージーランドで25%,日本で17%であり,「危険」とする回答は,ヨーロッパで4%,ニュージーランドで3%,日本で0%であった。

日本では,その危険性には言及しておらず,便利さより食べやすさを求めており,逆に,ヨーロッパでは,食べやすさより便利さを求めている。また,様々な改良例が挙げられたが,思考には科学的根拠のある回答はほとんどなく,彼らは感情で科学問題に対する意思決定を行う傾向にあることが判明した。

 そして,遺伝子組換え作物について「マス・メディアだけから情報を得たグループ」,「学校の授業だけから情報を得たグループ」,そして「まったく情報を得ていないグループ」との間で,遺伝子組換え作物が社会にとって「利益があるか」,「危険か」,「それを食べたいか」,そして,「その研究をすすめるべきか」についての思考方法に相違があるかを比較した(表4)。χ2検定の結果,「マス・メディアだけから情報を得たグループ」と「まったく情報を得ていないグループ」の間で,危険に対する考え方に有意差が見られた(χ2=12.48, p=.0059)。残差分析によれば,「マス・メディアだけから情報を得たグループ」は「まったく情報を得ていないグループ」に比べて,「遺伝子組換え作物は社会にとって危険である」に「非常に賛成である」と回答した人が有意に多く,「どちらかといえば賛成ではない」と回答した人が有意に少なかった。この結果から,マス・メディアから情報を得たグループは「科学は危険だ」という感情を増幅させる傾向にあることが明らかになった。

 マスメディアは重要な情報源であるがそれだけでは断片的な知識であり,高校生に間違った科学観を与えかねない。それを防ぐためには科学の持つ利益,リスク,また現在の科学で「できること」と「できないこと」を区別することが出来る正しい科学知識を教えていくことの重要性が示唆される。

表4:遺伝子組み換え作物について耳にする頻度                        

%

合計

問1. あなたは,「遺伝子組換え作物」について,ほんのちょっとでも,学校の授業で聞いたことがありますか?また,覚えている範囲で構いませんので,その内容も書いてください。
はい 

29

16

33

いいえ

67

77

63

わからない

5

8

4

問2. 問1で「はい」と答えた人だけに聞きます,その授業を聞いて,あなたは「遺伝子組換え作物」についてどのような印象を持ちましたか?次に挙げるものの中から一つ選び,番号に○をつけてください。また,あなたがそういった印象を持った理由も書いてください。
非常に良い印象

5

7

4

どちらかというと良い印象

22

24

22

どちらかというと悪い印象

16

22

15

非常に悪い印象

3

0

3

良い印象と悪い印象の両方

22

7

24

特に印象なし

29

34

28

無回答

4

5

4

問3. あなたは,「遺伝子組換え作物」について,ほんのちょっとでも,学校の授業以外に見たり聞いたりしたことがありますか?
はい

46

40

49

いいえ

50

53

48

無回答

4

7

3

問4. 問3で「はい」と答えた人だけに聞きます,あなたは,それをどこで見たり聞いたりしましたか?次に挙げるものの中から一番印象に残っているものを一つ選び,番号に○をつけてください。また,その内容も書いてください。
新聞で

23

14

25

雑誌で

5

8

4

テレビで

84

84

83

ラジオで

2

1

2

知り合いから

4

5

4

うわさで

5

3

5

その他

8

8

7

問5. 問3で「はい」と答えた人だけに聞きます,それを見たり聞いたりしたことによって,あなたは「遺伝子組換え作物」についてどのような印象をもちましたか?次に挙げるものの中から一つ選び,番号に○をつけてください。また,あなたがそういった印象を持った理由も書いてください。
非常に良い印象

5

9

3

どちらかというと良い印象

22

27

20

どちらかというと悪い印象

22

11

24

非常に悪い印象

7

5

7

良い印象と悪い印象の両方

19

12

21

特に印象なし

22

30

20

無回答

4

6

4


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日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年
学校における生命倫理教育ネットワーク
ユウバイオス倫理研究会(http://eubios.info/indexJ.html)