pp. 9-16 in 遺伝子工学の日本における受けとめ方とその国際比較,ダリル・メイサー (Eubios Ethics Institute, 1992).
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日本で世論調査を行なうときに重要になる、文化的に困難な点がいくつかあります。日本人は、宗教団体やセールスマン以外の人を玄関口に迎えてインタビューされることに慣れていません。街頭インタビューも快くは受け入れられず、今回のアンケートの場合、回答にやや時間がかかる(20分)ことを考えると、やはりこの方式はよいとはいえません。また世論調査の簡単なインタビューは、拒否率が低いとはいえ、これには回答者へテレホンカード等のプレゼントがあります。したがってこのアプローチはアンケートがやや長いこと、そして資金不足の二点から不可能でした。夏休み期間中(1991年)に学生をアンケートの質問者にして、日本全国からサンプルを採ることを試みましたが、一般の人々の拒否率が高く、家族や友人に回答を頼んだりで、このアプローチを使用できる地域にも限りがあったため、完全に無作為なサンプルは得られませんでした。それでも、導入としては有益な試みであり、回答の中には役に立つ意見も述べられていました。
郵送によるアンケートは統計上無作為にグループが選べないという欠点もあります。しかし訪問あるいは街頭インタビューの高い拒否率から見て、比較的大きなサンプル数を得る方法として、これを選びました。日本人は他人が見ていないときの方が答えやすく、自身の意見も述べられるのかも知れません。1991年の10月に宛名無しの1500通のアンケートが配付され、さらに200通が学生によって一般市民に配られました。郵送での回答には比較的長いコメントが書かれていた以外、インタビューの結果と郵送によるものの結果との間に差は見られませんでした。
全ての調査は、時間と費用の節約のために抽出法をとる必要があります。全人口を調査することはできないので、この方法が採られるのです。こうしたサンプルの中には、これらの問題の将来の政策論議に影響をもたらす可能性を持つグループも含まれています。使用される質問や回答の分析によっては、抽出法は全人口を調べるのと同様に正確です(Guy et al. 1987)。抽出方式として、簡単な無作為抽出法を高校と大学の教職員に使用し、名簿の一定の間隔の名前から住所を選びました。一般市民は以下の方法に従いサンプル抽出を行ないました。各都道府県の地方、都市部の家庭を無作為に選び、一定の集団にアンケートを無作為に配付しました。アンケートの配付は郵便箱の有無に拠りましたした。全家庭が郵便箱を持っているとは限らず、特に農家では郵便箱のないところが多いので配付にかなりの時間を割きました。都市部及び地方の一戸建て、アパートが利便性と代表性を基にサンプルとして選ばれましたが、日本全国からサンプルを採ることは経済的に無理でした。アンケートは8人で各地域に配付しました。
高校の生物の教師、科学者、筑波大学教職員といった特定のグループから意見を集めるには、やはり郵送によるアンケート方式が採られました。サンプルの選出方法はグループにより様々です。
各都道府県を代表する502校のサンプルを無作為に抽出するために、日本の全高校のリストを使用しました。各学校長に送った書状で、生物の教師(いない場合は理科系教師)にアンケート用紙を渡してもらうよう説明がなされました。各教師の選出方法に制約を加えるのは適切ではないとの判断から、そのことについては指定しませんでした。しかし、回答率は当初50%以下と予想されたので、選出方法に大きな影響を与えることはないと考えました。時候の挨拶を添えた学校長宛ての書状を以下に記載します。
学校長殿 筑波大学 生物科学系
ダリル メイサー
拝啓 盛夏の候、先生方には益々御健勝のことと拝察申し上げます。
突然このようなアンケートの御回答をお願いいたしますこと、どうぞお許しください。この調査は、一般の人々が科学技術に対してどの様な考え方をしているかを明らかにするために、筑波大学の研究者グループが企画したものです。これは文部省の予算を使用して、筑波大学の学内プロジェクトによって行なわれるものです。私たちは貴校の生物の先生(または理科関係の先生)の御回答を希望しておりますので、御担当の先生方にこのアンケートをお渡しいただければ幸いに存じます。
貴校の益々の御発展をお祈り申し上げます。 敬具
筑波大学教職員は大学関係者のリストより4人に一人の割合で抽出しました。科学者のグループは3つのサブグループからなり、名前は公刊されているリストより無作為に選びました。日本の全ての科学者を含む完全なリストは出版されていないため、複数のリストより抽出しました。使用リストは科学関係の委員会に属する人々と、筑波地区を含む日本全国の科学、学術団体の会員のものです。
筑波大学の学生はいくつかのクラスと学生サークルを無作為に選び、回答を求めました(総計300名)。
アンケートは両面のA4用紙3枚をホチキス止したもので、1ページ目に前書きがあり、私書箱宛て返信用の切手を貼った封筒を同封しました。封筒は筑波大学のものを使用しました。
回答者が特定の問題に敏感にならないよう、誘導的な質問は避けました。質問の順番も重要なことなので、遺伝子スクリーニング、遺伝子治療、遺伝子操作による生物といった特殊な進歩や応用に関する質問は、一般質問の後に来るようにしてあります。このアンケートのコピーは第10章にあります。アンケートの題は「科学技術に関する意識調査」としました。これが特にバイオテクノロジーや遺伝子工学に関する調査ということで回答者が敏感にならないように配慮したためですが、回答後それに気がついた人も何人かいたようです。質問にはこのプロジェクトの目的に適切と考えられる事項を選び、その結果によっては、人々の意識の中で今回のアンケートでは表に出なかった側面を将来の調査で明らかにするような質問に発展する可能性もあります。
アンケートの前書きを以下に記載します。科学者と教師への前書きは次の通りです(大学の教職員に宛てた前書きもほぼ同じです。):
科学技術に関する意識調査
この調査は、一般の人々が科学技術に対してどの様な考え方をしているかを明らかにするために、筑波大学の研究者グループが企画したものです。これは文部省の予算を使用して、筑波大学の学内プロジェクトによって行なわれるものです。調査に御協力いただいた皆様には御迷惑のかからない様充分に配慮いたしますので、科学技術に対するあなたの卒直な御意見をお聞かせ下さい。
あなたを無作為に選出させていただきました。貴重なお時間をさいて下さり誠に有難うございます。調査表の番号は、この調査について単に照合をするためだけに使用いたします。これに記入するためには15〜20分あれば十分で、さらになにか書きたして下されば幸いです。お答えは日本語または英語でお願いたします。
一般市民に宛てた前書きは以下の通りです。(学生に宛てた前書きもほぼ同じものです。):
拝啓 この調査は、一般の人々が科学技術に対してどの様な考え方をしているかを明らかにするために、筑波大学の研究者グループが企画したものです。これは文部省の予算を使用して、筑波大学の学内プロジェクトによって行なわれるものです。失礼とは存じますが、お宅様を無作為に抽出させていただきました。調査にご協力いただいた皆様にご迷惑のかからない様充分に配慮いたしますので、科学技術に対する卒直なご意見をお聞かせください。この結果は近いうちに公表される予定です。
この調査票は、ご家庭内で次に一番早く誕生日を迎えられる15歳以上でご協力いただける方にお渡しください。これに記入するためには20分あれば充分で、さらになにか書き加えてくだされば幸いです。
以下の質問に対して、おわかりにならない項目がありましても、あなたのご回答をいただくことは有益ですので、どうぞ最後までご回答くださいますようお願いいたします。貴重なお時間をさいてくださいました方々に御礼を差し上げることはできませんが、この結果は、科学者や政府の行動に影響を与えることになると存じます。 敬具
筑波大学 生物科学系
ダリル メイサー
調査に際し、常にある程度の無回答に直面するものです。インタビューでは話すことを拒否され、郵送のアンケートでは回答が寄せられないことも多々あります。回答率はいくつかの要素を反映します。例えばアンケート内容への関心、回答に有する時間、質問の難易度、調査を行う組織に対する意識などです。抽出調査は社会科学研究で広く用いられる方式であり、その目的は様々です。今回の調査の目的の一つはある特定の質問に対する意識に関し一定量のデータを得ることでした。結果の確実性の度合いは回答率に左右されます。 本調査のもう一つの目的は、これらの問題に対し人々がどのように感じ、どのような不安を持っているのかについての知識を得ることでした。この部分は回答率にはあまり影響されません。はっきりとした意見を持っている人はアンケートに答える可能性が大きく、否定的、肯定的な意見の度合いの決定が可能だからです。
調査が無記名でも、他人に自身の見解を教えたがらない人もいます。しかしより一般的な無回答の理由は、忙しくてアンケートの回答に時間を割きたくないというものでしょう。調査に答えなかった声なき多数派の意見を、本調査が見落としている危険性があります。回答率は各国間でかなりの違いが見られ、西側工業国では回答率65%が目安とされますが(Goyder 1987)、日本では30%が一般的です。日本とニュージーランドの科学者の回答率はそれぞれ、56%と58%でした。ニュージーランドでは抽選による景品があり、日本にはなかったにもかかわらず回答は同率でした。他のグループに比較して高い回答率は、日本の科学者がアンケート回答に寄せる関心の高さを反映しています。生物の教師の回答率は日本では45%、ニュージーランドでは64%でした。この違いはニュージーランドには抽選の景品があり、日本には奨励の景品や催促の手紙がなかったからかも知れません。筑波大学の教職員の回答率は35%で残念ながら低いのですが、これはこれらの人々がアンケートをいつも求められているためかも知れません。
一般市民のインタビュー回答率は判明していませんが、拒否率が高かったため、郵送アンケートを使用することになりました。回答率は日本としては満足のいく26%でした。生命科学や生命倫理に関するほかの世論調査の回答率は様々です。総理府の面接インタビューでは、回答率は74%(N=10000, 1985年12月、N=3000, 1990年10月、総理府広報室)、電通によるバイオテクノロジーに関する1985年9月の調査では69%(N=1400)でした。しかし、科学雑誌「ニュートン」の行った郵送調査(1988)の回答率は60%(N=500)でした。最近、日本でも頻繁に世論調査が行われています。西側工業国では面接インタビューの回答率は郵送よりも8〜10%高くなっていますが(Goyder 1987)、日本では40%高くなっています。しかし対象グループが異なるため、直接の比較はできません。今回の調査では郵送アンケートのほうが戸別訪問もしくは街頭インタビューよりも高い回答率でした。1991年2月、環境庁によってバイオテクノロジーについての調査が郵送のアンケート方式で一般から選ばれたモニターを対象に行なわれました(環境庁1992)。このアンケートへの回答率は、91%と、異常に高いのですが、これは無作為に抽出したサンプルにではなく、調査に協力することを前提に環境モニターとなった人達に対して行なわれたものであることがわかりました。
通常と異なる生活形態を営む人々の意識を調査するには困難が伴います。より広い範囲の人々の意識を調査する方式には選択サンプリングテクニックなどがあります。無回答者が全人口に対する完全な分集団でないかぎり、無回答は結果を偏らせるでしょう。回答を促すものとして催促の手紙がありますが、さらに出費を招きます。本調査の一般郵送調査の場合、催促の手紙はコスト増なくしては不可能だったでしょう。宛名書きの手間と切手代を省くため、アンケートを入れた封筒に住所は書かず、封筒を日本各地の家庭の郵便箱に無作為に入れました。郵送と面接インタビューの総合結果のほうが偏りが少ないと思われます。
科学者の回答率は高校の生物の教師や一般市民に比べて高いことから、問題への関与が回答を促す要素の一つといえるでしょう。しかし筑波大学の各部門のメンバーの回答率の比較では、事務職員が最も高く、教官は低いことが明らかになりました。各質問の回答はその質問の位置に左右され、最後から2ページ目の質問を抜かしてしまった人もいました。個人データを書く最後のページにはほぼ全員が回答を寄せました。アンケートの長さに辟易してしまったのかもしれません。質問の位置を変えたサンプルでも、最後から2ページ目は答えず、質問の内容にかかわらず最後のページは答えた回答者がいたからです。回答と問題への関与の関係は単純ではなく、アンケートへの理解や興味にもある程度関連しています。
調査上のエラーも様々あります。調査システム上の理由から繰り返し現われるシステムエラーはインタビュアーによるもの、あるいはアンケートそのものがきっかけの場合もあります。調査の始めから(特に問5で)回答者に偏見を持たせないために、アンケートのトピックス「遺伝子工学」の文字は、載せませんでした。また、回答者が調査側が期待するだろうと考えて答えを書くこともあるため、いくつかの質問では回答の順序を賛成から反対、利益から害悪へと変えてあります。これは期待する回答のパターンを作らないためです。ランダムエラーとは主に、人口モデルに作為的で不完全なサンプルを使用することを意味します。ランダムエラーには回答用紙の記入間違いなどがあり、例えば問16では、質問を勘違いした場合、回答5ではなく1を選んでしまう可能性もあります。回答の一貫性もチェックしましたが、これは回答者が意見をコメントする場合に限り確実です。測定エラーには人々の意見がはっきりせず、回答を書く日の朝に特に印象的なニュースを読んだ場合などが挙げられます。表の数値は0.1パーセントまで記載されていますが、人口統計見積りとしての回答の信憑性を表すものではありません。回答者の数と回答率から計算した質問に対するサンプルエラーの数値は数パーセントです。
一般と学生以外のグループに対して行なわれたアンケート は回答数を記録し、各グループを区別するため番号がふられました。番号は、各地域、また科学者の場合は私企業勤務もしくは公務員の別による比較のためのみに使用しました。アンケートにふられた番号について寄せられた懸念は驚くほど少なかったのですが、守秘を保つと保証した序文が信用されたのでしょう。番号の使用については、個人のプライバシーの問題がありますが、この点を理由にアンケート用紙を返送しなかった人もいました。科学者800人中1人、筑波大学教職員700人中2人はプライバシーに関する心配のコメントと共に無回答のまま返送してきました。また、科学者12人、筑波大学教職員3人は番号を切り取り、回答して返送してきました。
アンケートの序文の部分に個人名がないとの指摘が、筑波大学以外の学術関係者から出されました。個人の名前を入れないのは失礼だという意見もわずかながらあったため、一般市民へのアンケートの序文には、筑波大学教職員、高校の生物の教師の場合と同様、私の名前を入れました。アンケートに外国人の名前があることが回答率に影響したかどうかは不明です。
回答率は累計で、郵送されたアンケートに対して%で示してあります。配付数は郵送総数から受け取られずに戻ってきてしまった数を引いたものです。
表2-2:回答者のカテゴリー %で表記
性別、年齢、配偶者の有無、子供の数、職業、最終学歴、年収、居住地域に関する一般統計上の情報を集めました。質問は第10章にあります。
サンプルの全体像は表2-2に要約されています。サンプル人口と日本の全体的な状況を反映して、学術関係者のサンプルは女性よりも男性の回答者の方が圧倒的に多いのが特徴です。性別に関しては、一般市民と学生のサンプルはもっとバランスがとれていました。一般市民のサンプルはインタビュー(N=94)、郵送アンケート(N=385)、手渡したアンケート(N=72)の回答からなっています。大学生のサンプルには筑波大学のサンプル(N=151)と一般市民からの回答中の大学生のもの(N=53)があります。学術関係者には筑波大学の教職員(N=249)とその他の学術関係者のグループが含まれます。「科学者合計」の数字には、自然科学(筑波大学教職員113、筑波大学以外のサンプル442の回答を含む)専門が含まれ、社会科学、経済、法律専攻と事務職員は含まれません(専門は表2-4を参照)。
学生以外のサンプルでは全ての年齢層が含まれます(一般サンプルでは15-90才)。日本の大学生の年齢層は特に若く、サンプルには27才以上の学生はいませんでした。学術関係者の平均収入は一般市民のサンプルよりも高く、特に科学者のグループでは、民間企業に働く科学者の64%が月額100万円以上の収入でした。
サンプルのカバーしている範囲は、住所からおおよそで推察することができます。一般回答は47都道府県中18県、学生は36県、学術関係者のサンプルは25県、高校教師は全都道府県から回答が寄せられました。
学術関係者のサンプルのうち、24%は民間企業の雇用者、31%は政府(大学を除く)、45%は大学(ほぼ全部が国立)でした。科学者のサンプルの回答では、28%が民間企業の雇用者、39%が政府、33%が大学の職員でした。筑波大学の回答者の職種は事務職員45%、講師・助教授23%、教授14%、医療スタッフ12%、その他5%は研究者もしくは技術者でした。一般回答者の職業は表2-3に、学術関係者の専攻は表2-4に要約してあります。
学校の規模、地域等、高校に関する情報も高校教師より集められました。
高校の生物教師に対して:
学校の大きさ(生徒数)はどのくらいですか:
1 0-200 2 201-600 3 601-1500 4 1501+
どんな地域の学校で教えていらっしゃいますか:
1 都市部の公立高等学校 2 郡部の公立高等学校
3 都市部の私立高等学校 4 郡部の私立高等学校
回答を寄せた教師の81%は公立で、公私立合計の66%は都市部、34%は郡部でした。生徒数200名以下はわずか5%、201〜600が16%、601〜1500が68%、1501以上が11%でした。
表2-3:一般市民の意見 回答者合計とその割合を表記
表2-4:学術関係者の専門 回答者合計とその割合を表記
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